ご存知の方も多いでしょうが、ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)は2006年に第1回が行われ、2023年の今回が第5回大会となりました。
第1回大会であるWBC2006は、日本が優勝したことで日本国内が大いに盛り上がった一方で、大会運営に関してアメリカ偏重のシステムが多々見られるなどの課題から様々な批判があったのも事実です。それらの課題が少しずつ改善され、現在に至っています。
さて、WBC2006で物議を醸す判定によってその名が知れ渡ることとなった審判員がいました。ボブ・デービットソン氏です。
今回このことを書く理由は、17年前の大会のことでいまさらデービッドソン審判員を批判するつもりはないのですが、当時のプレイと判定を振り返ることで、野球における「誤審」と「規則適用の誤り」について考え方を整理してもらいたいと思ったからです。
違う言い方をすると、野球で審判団が「規則適用の誤り」をした例を、私は他に知らないのです。
「誤審」とは?
誤審とは、審判員が判定を誤ることです。
これだけ書くと、「そんなことは知っている」と思われることでしょう。
一度でも審判をやったことがある方なら分かると思いますが、審判員は、基本的にわざと判定を間違えようとすることはありません。見たものを見たままに判定するのが審判員の任務だからです。
「判定を誤る」とは、野球でいえば、
- ストライクゾーンを通ったかどうかでのストライク/ボールの判定
- 送球と走者の触塁のどちらが早かったかでのアウト/セーフの判定
などです。
例えば、「ストライクゾーンを通っていたように見えるけれど球審が『ボール』と判定した」とか、「走者の方が先に一塁を踏んだように見えるけれど、塁審が『アウト』と判定した」などといったものです。
審判員も人間なので、判断に誤りが生じることも残念ながら起こります。「誤審」は、(結果として)審判員が誤った判定をしていますが、当該審判員には「そのように見えた」のであり、当該審判員の「判定」は尊重されなければいけません。もちろん判断を誤ることを積極的に肯定するものではないですが、「審判員の見極めの誤り」も、その競技の一部と考えなくてはならないのです。
近年はビデオ判定が導入されるようになり、審判員の目で「見極められなかった」ことも確認出来るようになり、誤審を防ぐ、あるいは一度下された誤った判定を正すことができるようになってきました。とはいえ、アマチュアの大会では、ビデオ判定なんてそうそう使えるものでもありません。審判員が下した判定は最終のものなので、覆ることは基本的にありません。
誤審?の例
日本においてデービッドソン審判員の名前が大きく知れ渡ることとなった一件です。
第2ラウンド1組 日本対アメリカ戦 8回表の日本の攻撃。3-3の同点で、一死満塁の場面、岩本がレフトに大きな飛球を放ちます。
犠牲フライには十分な飛球で、三塁走者の西岡がタッグアップをして本塁に還ってきますが…
アメリカからのアピールを受けたデービッドソン球審が、三塁走者西岡の離塁が早かったと判定してアウトを宣告しました。日本側は「一番近くで見ていた二塁塁審がセーフと言っている」と抗議していますが、二塁塁審からの位置では、同一視野で捕球と離塁を同時に見るのは難しく、デービッドソン球審が言う通り、レフト方向の打球の三塁タッグアップは球審が判定の責任を持ちます。
判定の責任があるデービッドソン球審には、「三塁走者の離塁が早かった」と見えたので、これが事実とは異なる判定であったとしたら誤審ということになりますが、当該審判員の「判定」は尊重されなければいけません。
なお、この判定が誤審だったかどうかは、この動画も含め、左翼手の捕球と三塁走者の離塁が同時に映っている映像がどこにもないので検証のしようがなく、私には分かりません。
「規則適用の誤り」とは?
プレイを見た審判員が、公認野球規則に書かれている通りに規則を適用しなかったことをいいます。
つまり、「誤審」は審判員がプレイを見極めることのミスであるのに対し、「規則適用の誤り」は当てはめるルールを間違えるミスということです。
例えば、ストライクゾーンのど真ん中を通過した投球に対して、ど真ん中を通過したと認識していながら「気持ちが入っていないからボールだ」といって「ボール」を宣告することは、明らかに規則適用を誤っていますね。(二出川さんは実力もあって素晴らしい審判員だったと思っていますが、この件については明らかに間違いです。)
また、同一イニングで監督が投手のところに2回行ったのに投手を交代させるよう監督に指摘しないことも、規則適用を誤っています。(アマチュア野球で、ごくたまにですが、見過ごされることがありますね。)
適用する規則が分からない場合、野球は審判員が4人集まって協議し、適用すべきルールを確認して試合を進行することができますので、めったなことでは「規則適用の誤り」は起こりません。というわけで、デービッドソン審判員が関わった以下の件は、私が知る、数少ない、審判団が規則適用を誤った事例と言えます。
規則適用の誤りの具体例
WBC2006 第2ラウンド1組 アメリカ対メキシコ戦、3回裏 メキシコの攻撃です。
打球が直接ファウルポール(フェンスでファウルライン上の位置に取り付けられている黄色いポール)に当たった場合は、ホームランと判定されます。打者を含む全ての走者は、アウトにされる恐れなく本塁まで進塁できます。
このプレイでは、打球が跳ね返ってきてグラウンドに戻ってきたのですが、跳ね返った位置は明らかにフェンスの高さより高いです。
さらに、ボールに黄色い塗料も着いていることを、メキシコチームがボールを掲げて主張しています。これらの事実から、打球がファウルポールに当たったことは明らかです。
しかし、デービッドソン一塁塁審は「ホームラン」を宣告せず、引き続きボールインプレイとしようとしました。また、その後エンタイトル二塁打と処置しましたが、規則適用の誤りは明白です。
ちなみに、このときは審判員が4人集まって協議も行っています。このことからも、規則適用を誤ったのはデービッドソン審判員一人の責任ではなく、4人全員にあるということを付け加えておきます。
まとめ
「誤審」は(積極的に肯定するものではないが)起こることは仕方がないし、審判員も人間なのでプレイの見極めでミスをすることがある。そして、それもまた競技の一部として捉えなければならない。
一方、「規則適用の誤り」は、審判員がルールを書いてある通りに適用しないことで、ルールブックを確認すれば防げるミスであり、起こしてはならないものです。
この違いを皆さんに理解してもらえたのなら、この記事を書いた目的は達成です。楽しくスポーツをするためには、審判員だけでなく競技者もルールを正しく理解し、ルールを尊重することが大切です。
まずはルールを正しく知ってほしいと思います。ルールを理解せずに審判員の判定を批判するのは、場合によっては誹謗中傷に当たります。疑問が残る判定をことさらに「誤審」と取り上げて審判員を批判するのではなく、具体的に何がどうだから、こういう判定になるのではないか、と確認することや、時には誤審が起こってしまった理由を共感的に捉えて(難しいかもしれないけど)、どうすれば誤審が防げるかをみんなで一緒に考えていけたらと思います。
「規則適用の誤り」は、起こってしまってからでは遅いです。正しく規則が適用されるように、監督やプレーヤーも含めて、プレイが再開される前にきちんと確認していきたいものです。
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