numの野球・サッカーのルール解説

野球やサッカーの観戦をしていて、ルールが分からず「今のはなんでこういう判定なの?」と疑問に思うようなプレーに、競技規則から判定の理由についてアプローチします。

中央学院 対 市立船橋 戦の判定と処置の検証。なぜ二塁打になったのか?

2022年7月22日、高校野球選手権千葉大会 準々決勝 中央学院高校市立船橋高校戦で、9回表一死二・三塁からの場面です。

三塁線のライナーを三塁手がジャンプして捕球しようとし、打球は三塁線ファウルグラウンド方向へ。三塁塁審はファウルの判定。ところが、なぜかプレイが続きます。

(私の探し方がよくないのかもしれませんが)いろいろ探してみましたが、良い動画として見つけられたのはTwitter上にある上記の映像と、削除されてしまいましたが別のスロー映像でした。今回はこれを使って、何があったのか、審判員の処置が適切だったのかを検証してみようと思います。

プレイの状況

  1. 打球は三塁線へのライナー
  2. 三塁手は打球に向かってファウルライン側斜め上に飛ぶ。打球に触れたかどうかは映像では確認しきれない。触れたとすれば三塁ベースより手前側
  3. 球審は(打球と次のプレイが起こるまでが速すぎるので)投球判定をしている位置、マスクはしたまま
  4. 三塁塁審は自分に向かって打球が飛んできているので、ライン際を開けて打球を避けようとする動作
  5. 三塁塁審に当たってボールの軌道が変わったのは明らか。三塁塁審は、ファウルのジェスチャーを3回
  6. 一瞬プレイが止まるが、その直後、攻撃側が何かを確認して走り出す
  7. 二塁走者が本塁を踏んだところで球審がタイムをかけ、審判団で協議を始める

私なりのプレイの理解(私見です)

三塁塁審の動きと、その理由や考え

三塁塁審は、打球を避けようとして三塁線をあける動きをしたが、打球に触れてしまった。打球に触れると審判員は、条件反射的に両手を挙げる。これは、審判員が野手が守備していない打球に触れると、ボールデッドになり、その時自分が打球に触れた位置でフェア/ファウルを判断しなければいけないから。

公認野球規則5.06(c) ボールデッド

 次の場合にはボールデッドとなり、走者は1個の進塁が許されるか、または帰塁する。その間に走者はアウトにされることはない。
(6) 内野手(投手を含む)に触れていないフェアボールが、フェア地域で走者または審判員に触れた場合、あるいは内野手(投手を除く)を通過していないフェアボールが、審判員に触れた場合
──打者が走者となったために、塁を明け渡す義務が生じた各走者は進む。
 走者がフェアボールに触れても、次の場合には、審判員はアウトを宣告してはならない。なお、この際は、ボールインプレイである。
 (A) いったん内野手に触れたフェアボールに触れた場合。
 (B) 1人の内野手に触れないでその股間または側方を通過した打球にすぐその後方で触れても、このボールに対して他のいずれの内野手も守備する機会がなかったと審判員が判断した場合。

「打球が審判員に当たった」場合というのは特殊な状況で、審判員がプレイに関与してしまったということから、審判員自身がパニック気味になり、とにかくプレイを止めなければという心理が働く。自分自身はファウルグラウンドに逃げようとしたのだからファウルで間違いないと思い、とにかくプレイを止めたい一心でファウルを連呼した。

これが、直前に他の選手が打球に触れていたと分かっていたら、審判員が打球に触れても止める必要がないので、もう少し落ち着いて対処できる。

この反応から、恐らく三塁塁審からは、打球に三塁手が触れていないと判断している、または、三塁手の動きが十分に見えていなかったのだろうと考える。

球審の動きと、その理由や考え

球審からは打球は三塁より手前で三塁手のグラブに触れ、軌道が変わったのが見えたのだろう。打球の軌道全体がよく見えるのは、打球が近づいてくる塁審よりも、自分から離れていく球審の方が見やすい。つまり、球審はフェアと確信していたと考える。

三塁塁審がファウルと叫んでいるが、球審からはフェアに見えている。球審は、三塁塁審の判定が誤りと確信しているので、ダブルコール(2人の審判員が、対立する2つの判定をすること)を承知の上で、フェアのシグナルをして、多分「フェア」の発声もしたんじゃないかと推測する。これにより攻撃側の選手が止めかけたプレイを続行、二塁走者が本塁まで走ってきたと思われる。(ただし、映像には映っていないので、あくまでも推測)

「だったら、ダブルコールにならないように、見た瞬間にフェアのシグナルをすればよいのでは?」

と思う方もいるかもしれない。しかし、審判員がシグナルを出すときは、「その判定で間違いないな」と頭で確信してから行うのが普通。通常は、一拍おいてシグナルを出す。この一拍の間に(打球に触れて焦ってしまった)三塁塁審がファウルを宣告してしまったのが今回の状況と考える。

この状況での公平な判定は?

ネット上では「ファウルボールとして再開すべき」とか「二塁走者まで生還させたことが不公平」といった意見が見られるが、この状況での公平な判定とはどう考えたらいいかを冷静に考えるべき。

「取り除くべき不利益」

「取り除くべき不利益」とは、妨害等によって正常にプレイできなかったとき、正常にプレイできていれば実現していただろう結果と、実際の状態との差のこと。このようなとき、審判員は、もし妨害等がなかったら競技はどのような状態になったかを判断して、生じた不利益を取り除く処置をとる。

今回の場合も球審が「インプレイ中ならどのように進んだかを協議しました」とマイクで説明しているが、これがルールの精神に則った対応となる。

では、今回の「取り除くべき不利益」は何かというと、三塁塁審がファウルを叫んだことである。

三塁塁審が打球に触れたのは、致し方ない。「なぜよけなかったんだ」「準々決勝の審判が打球に当たるなんてレベルが低い」といった意見もネットに上がっていたが、避ける動作はしていたし、実際には軌道も変わっていたのだろうから、どうにもならない。よって、三塁塁審が打球に触れたところまでに、攻撃側にも守備側にも不利益はないと考える。

問題は、その後、三塁塁審が両手を挙げてファウルを叫んだことにある。先ほど紹介した公認野球規則5.06(c)(6)をもう一度引用する。

 次の場合にはボールデッドとなり、走者は1個の進塁が許されるか、または帰塁する。その間に走者はアウトにされることはない。
(6) 内野手(投手を含む)に触れていないフェアボールが、フェア地域で走者または審判員に触れた場合、あるいは内野手(投手を除く)を通過していないフェアボールが、審判員に触れた場合

内野手を通過していないフェアボールが、審判員に触れた場合」はボールデッドだが、今回は「三塁手が一度触れたフェアボール」なので、内野手を通過している。よって、ボールデッドにはならない。三塁塁審がボールデッドにしたことは、規則適用の誤りになる。だから球審は、ダブルコールを承知の上で、フェアを宣告してプレイを続けさせた。

不利益を取り除くとどうなるのか

三塁塁審のファウルボールの宣告を有効としたら、規則適用を審判団が誤ったことになり、攻撃側に不利が生じる。今回の場合は、ボールの行方と(フェアを宣告した後の)走者の動きを基に、守備側が正常に守備をしていたら競技はどのような状態になったかを判断して、その状態に近づけることが、不利益を取り除くこととなる。

球審の説明には、「(三塁塁審に触れた後の打球は、)フェンス沿いまで転送しております」とあったので、二塁走者も十分本塁まで来ることができると審判団は判断した。多分遊撃手か左翼手が、転がったボールのカバーに行ったと思うが、それでも本塁は間に合わなかっただろうという見込みである。

私はこの判断は、妥当だと考える。「タイムがかかっていなかったらバックホームできていた」と守備側は理想的な守備動作を主張するだろうけれど、二塁走者だってタイムがかかっていなかったら走塁を緩めず、トップスピードで本塁に突っ込んできているわけだから、実際にかかっている時間よりも早く本塁到達したとみてあげないと不利。また、恐らく守備側はバックホームをするだろうから、打者走者がその間に二塁まで到達できるのも当然だろう。

ネット上に見られるコメントへの答え

▶走者一・三塁で再開ではだめなの?

打球の状況を見ないと正確なことは言えませんが、球審が「ボールがフェンス沿いまで転がっている」と言っているので、間に合わなかったという判断は妥当でしょうね。転がっているときの勢いがもう少し弱かったら、指摘のとおり、走者一・三塁での再開もあるかもしれません。

▶三塁塁審のミスでは?

結果的には「ファウル」をコールしたことがミスでしょう。しかし、三塁手が触ったかどうかわからない状況で、自分の身体に打球が当たれば、あのような反応になるのは致し方ありません。同じ立場だったら私もああしている可能性があるな、と思います。

球審の説明が分かりづらい

否定はしません。しかし、高校野球の審判委員はプロの審判員ではないので(高野連の公式戦に立つ資格のある、アマチュア審判員)、プロ野球の審判員以上に、マイクで説明することについては不慣れだと思うべきでしょう。判定トラブルがあったので、心理的にはかなり慌てているはずなので、うまく説明できないのはしょうがないことです。

▶ビデオ判定を導入すべき!

ナンセンスです。

こういっては失礼でしょうが、たかが高校生(アマチュア)の地方大会で、入場料収入もまともに得られないようなものに、なぜ大金をつぎ込まなければならないのでしょう。何台のカメラとカメラマンを用意しなければならないと思っていますか。それを全ての地方大会で用意するのですか。 これは全国大会(甲子園)であっても同様です。繰り返しますがたかが高校生のアマチュアの大会です。大学野球都市対抗野球*1にだってビデオ判定は入っていません。費用対効果を考えるべきです。

まとめ

これが決勝点になってしまったことに悔いが残るというのは、心情的には分かります。しかし、球審の説明を聞く限り、三塁塁審の「ファウル」のコールがなくても二塁走者は生還できたでしょうから、審判団の措置は妥当です。

レアな事象だし、審判団の不手際がなかったわけではないが、審判団はプレイ後の処置を適切に行ったと考えられるので、(特に三塁塁審に対する)不当な批判はするべきではないと思います。

「これがきっかけで野球が嫌いになりそう」なんてコメントもありましたが、審判員も精一杯やった結果だと思いますので、これで野球を嫌いになってほしくはないな…と思います。

*1:都市対抗野球は2021年の第92回大会からビデオ判定を導入しています。訂正します。