2012年2012年7月12日、夏の全国高校野球・神奈川県大会1回戦、日大藤沢vs武相の9回裏。
高校野球ファンの間で「サヨナラインフィールドフライ」と称されることの多いこの一件ですが、私は「サヨナラインフィールドフライ」と呼ぶのは適切ではないと思っています。
このプレイの経過やルールの解説と、私が「サヨナラインフィールドフライ」と呼べない理由を説明します。
プレイの経過
2対2の同点で迎えた9回裏、日大藤沢の攻撃で一死満塁。
日大藤沢の打者 伊藤君は内野フライを打ちあげました。審判員は、インフィールドフライを宣告。
このフライは三塁手と遊撃手が追って、結局、遊撃手が捕球。走者は塁に戻りました。
三塁ベースのカバーに入っている野手はいません。三塁走者は次のプレイに備えて離塁しました。
内野手は二死満塁になったので、次のプレイの確認のためにマウンド付近に集まろうとしました。このとき、三塁走者が走り、本塁を踏んでガッツポーズ!
球審はセーフを宣告して得点を認めました。
武相高校は、タイムをかけたと主張。
また、審判員が集まったところで、一塁側・日大藤沢のベンチからタイムの要求があったのではないかと確認しています。
映像を確認し直してみると、ベンチでタイムのジェスチャーをしている選手は確かにいます。しかし、審判員は誰もタイムを宣告してはいませんでした。
球審がマイクで場内説明。「タイムはかかっておりませんので、三塁走者のホームインを認め、2対3ということになります」
こうして得点は認められ、サヨナラゲームで試合終了となりました。
このプレイにおけるルールのポイント
ポイントは次の3点です。
それぞれについて確認していきましょう。
インフィールドフライはボールインプレイ
インフィールドフライが宣告されてもプレイは続行中です。当時スタンドで見ていた観客の反応を聞いていると、このことを勘違いしていた人もいるように感じました。
公認野球規則 定義40 INFIELD FLY「インフィールドフライ」
0アウトまたは1アウトで、走者が一・二塁、一・二・三塁にあるとき、打者が打った飛球(ライナーおよびバントを企てて飛球となったものを除く)で、内野手が普通の守備行為をすれば、捕球できるものをいう。この場合、投手、捕手および外野手が、内野で前記の飛球に対して守備したときは、内野手と同様に扱う。
(中略)
インフィールドフライが宣告されてもボールインプレイであるから、走者は離塁しても進塁してもよいが、その飛球が捕らえられれば、リタッチの義務が生じ、これを果たさなかった場合には、普通のフライの場合と同様、アウトにされるおそれがある。(以下略)
ちなみに、武相高校の選手たちは、インフィールドフライがボールインプレイであることはちゃんと把握しているように感じました。
審判員にタイムを要求すれば速やかにタイムがかかるわけではない
当時、武相高校の選手として出場していた渡部おにぎりさんによると、武相高校の野手はタイムをかけたつもりでいたようです。
渡部さんの言う通り、野手からのタイムの要求が審判員に伝わっていなかったのかもしれません。
または、タイムを要求されてもタイムがかけられない状況だったのかもしれません。
というのも、三塁走者がインフィールドフライ捕球後、三塁から離れる動きをしています。走者が塁から離れていて、進塁や帰塁を試みている状況では、プレイが続いているので基本的に審判員がタイムをかけることはありません。
公認野球規則5.12(b)(8)
審判員はプレイの進行中に、〝タイム〟を宣告してはならない。
ちなみに、このプレイに関して規則5.12(b)(8)を示して、「三塁走者が離塁している場面では、どんなにアピールがあっても審判員はタイムを宣告出来ない」といった言説が流れています。しかし、この言説は、間違ってはいないが、絶対に正しいわけでもありません。
具体的に今回の状況に即して考えると、タイムをかける可能性もなくもないのです。
まず、走者はアウトにされる恐れがありません。三塁ベースカバーが誰もおらず、また、フライを捕った遊撃手はボールを持ってマウンド方向に向かおうとしているからです。このことから、守備側はこれ以上走者をアウトにしようとする意志がないといえます。
したがって、あとは三塁走者に進塁の意思があるかないかを見極めます。本塁に向かおうとする様子がなければ、三塁走者が塁を多少離れていても、審判員はプレイは継続していないとみなす可能性があります。
加えて、直前には三塁手が転倒していました。
もしこの転倒で選手が足をひねっているなどけがの恐れがあって、次のプレイが続いている状況でないならば、選手の安全のため、審判員は積極的にタイムをかけてプレイを止めることになるでしょう。
公認野球規則5.12(b)
審判員が〝タイム〟を宣告すれば、ボールデッドとなる。
次の場合、球審はタイムを宣告しなければならない。(3) 突発事故により、プレーヤーがプレイできなくなるか、あるいは審判員がその職務を果たせなくなった場合。
というわけで、くどいようですが、この場面で三塁走者が離塁したために審判員はタイムを宣告できなくなった、と考えるのは正しいとはいえません。
一方、審判員も、選手がけがをした、ボールが泥だらけになったので交換する、ベースやピッチャープレートの土を払う必要があるなど、何かプレイを止める理由があれば、自ら進んでタイムをかけることがありますが、止める理由がなければ基本的にはタイムをかけることはありません。
ボールインプレイのもとでは、走者はいつでも進塁できる
三塁走者は、飛球が捕られた直後に三塁に戻って、次のプレイに備えて軽く離塁し、リードを取りました。その直後に映像が切り替わってしまったので、この後三塁走者が実際にどのような動きをしたのかは分かりません。
飛球を捕った内野手は、タイムをかけたつもりでボールを持ったままマウンドに集まり、三塁走者から目を切ってしまいました。
三塁走者から見ると、タイムがかかっていない状態でボールを持ったまま野手が背を向けているのですから、隙ができたと考えるでしょう。中継の実況さんは納得がいっていないようでしたが、ボールインプレイのもとでは、走者はいつ走塁しても構わないのですから、何ら問題はありませんでした。
このプレイをサヨナラインフィールドフライと私が呼ばない理由
インフィールドフライが打たれた後にサヨナラになったから「サヨナラインフィールドフライ」と呼称している人が多いようなのですが、実際のところ、打者走者がアウトになったプレイ(インフィールドフライ)と、三塁走者の本塁への進塁は無関係です。
実際、このフライは「犠牲フライ」にもならなければ、打者に「打点」もついていません。また、野手に「失策(エラー)」もありません(ボールを持ったままマウンドに集まって走者に背を向けたことが失敗であったとはいえるでしょうが、野球規則上の失策ではありません)。
ならば、記録上このプレイは何になるのかというと、三塁走者の「盗塁」になります。
公認野球規則 9.07 盗塁
走者が、安打、刺殺、失策、封殺、野手選択、捕逸、暴投、ボークによらないで、1個の塁を進んだときには、その走者に盗塁を記録する。
公認野球規則 9.08(d) 犠牲フライ
0アウトまたは1アウトで、打者がインフライトの打球を打って、フェア地域とファウル地域を問わず、外野手または外野の方まで廻り込んだ内野手が、
(1) 捕球した後、走者が得点した場合
(2) 捕球し損じたときに走者が得点した場合で、仮にその打球が捕らえられていても、捕球後走者は得点できたと記録員が判断した場合には、犠牲フライを記録する。
よって、私はこのプレイ、
インフィールドフライ直後のサヨナラホームスチール
と呼ぶのが正しいと思っています。
まとめ
改めてになりますが、ポイントは次の3点と、盗塁の規則です。
- インフィールドフライはボールインプレイ
- 審判員にタイムを要求すれば速やかにタイムがかかるわけではない
- ボールインプレイのもとでは、走者はいつでも進塁できる
- 走者が、安打、刺殺、失策、封殺、野手選択、捕逸、暴投、ボークによらないで1個の塁を進んだときは、その走者に盗塁を記録
一瞬の隙をついた三塁走者のホームスチールは、見事だとしか言いようがありません。
おまけ
ついでに覚えてもらえると嬉しいです。