2022年6月17日 阪神vsDeNA 7回ウラに、走塁妨害が発生しました。
二死2塁で、近本選手が打った打球はセンターへ。打者走者が一塁を蹴ったところで、守備をしていない一塁手の佐野選手が走路に入り、接触。打者走者は一塁に戻りました。
球審は、「走塁妨害はありました。ですが、二塁には行けないという判断で二死1塁で再開します」と説明。
走塁妨害があったのに、妨害された走者が進塁できないなんてことがあるのか?という意見がTwtterに多く投稿されているようです。この記事では、
- 走塁妨害はあったのか
- どうして打者走者は進塁できないのか
- 他の走塁妨害と何が違うのか
について、野球規則の記述を基に解説していきます。 「野球のルールは複雑すぎてよく分からん!」けれどとりあえずざっくりと何があったのかを知りたい方や、走塁妨害(1)と(2)の違いを理解したい方にお勧めです。
走塁妨害はあったのか?
Twtterにナイスな動画がありました。
近本選手タイムリー…その後動画です(^◇^;)
— Rickeil (@rickeilfullue) 2022年6月17日
走塁妨害かどうか微妙かと思いましたが…セカンドには行っていたとは思います pic.twitter.com/xDzzYS84VM
走者と守備をしていない野手が明らかに接触していますので、走塁妨害の判定で間違いないですね。DAZNの映像では、接触の瞬間と思われるタイミングで、球審と二塁塁審がほぼ同時に走塁妨害を宣告している様子が確認できます。
惜しむべくは、カメラマンさんが野球規則や審判員のこういった動作の意味を理解されていたら、もっといい画が撮れていたと思うんですけどね…!
どうして打者走者は進塁できないのか
今回の件の一番のポイントです。
走塁妨害があったのなら、走者は少なくとも一個の塁を進めるのではないか、という意見が多くみられました。
その対応になるのは、走塁を妨げられた走者に対してプレイが行われていた場合(審判業界の用語で、これをオブストラクション(1)項といいます)になります。これについては後で触れます。
今回の事例は、走塁を妨げられた走者に対してプレイが行われていない場合(これをオブストラクション(2)項といいます)になります。
「走者に対してプレイが行われていない」とはどういうことかというと、走塁妨害発生時点では、センターに飛んだ打球を中堅手が処理して内野に返球しようとしている段階。したがって、守備側が今まさに打者走者をアウトにしようとプレイしている状況ではありません。
オブストラクション(2)項の処置の仕方
このような場合、審判員は、「走塁妨害(オブストラクション)」を宣告するが、プレイを止めず、そのまま継続させます。そして、プレイが一段落したところでタイムをかけます。適用規則は以下のとおりです。
公認野球規則6.01(h) オブストラクション
オブストラクションが生じたときには、審判員は〝オブストラクション〟を宣告するか、またはそのシグナルをしなければならない。
(2) 走塁を妨げられた走者に対してプレイが行なわれていなかった場合には、すべてのプレイが終了するまで試合は続けられる。審判員はプレイが終了したのを見届けた後に、初めて〝タイム〟を宣告し、必要とあれば、その判断で走塁妨害によってうけた走者の不利益を取り除くように適宜な処置をとる。
読んでいただくと分かると思いますが、この規則のポイントは、
- 走塁妨害があったら、オブストラクションの宣告・シグナルをしなければならない
- 「走者に対してプレイが行われていない」ときは、直ちにタイムをかけず、プレイを見届ける
- 必要があれば、妨害を受けた走者の不利益を取り除く処置をする
です。
【まとめ】規則に照らして今回のプレイを振り返ると…
- 球審と二塁塁審が走塁妨害のシグナルをしました
- (2)項と判断したので、タイムをかけずにプレイを最後まで見届けました
- 審判員4人が集まって協議した結果、「妨害がなかったら安全に二塁到達できていたとは言えない」ので、不利益はないと判断しました
といった感じになります。審判員が協議するときは、野球規則の精神として当該野手が「普通の守備行為」をすればプレイがどうなるか、で考えます。
また野球規則用語が出てきました。「普通の守備行為」とは、以下のように定義されています。
公認野球規則 定義54 ORDINARY EFFORT「オーディナリーエフォート」(普通の守備行為)
天候やグラウンドの状態を考慮に入れ、あるプレイに対して、各リーグの各守備位置で平均的技量を持つ野手の行なう守備行為をいう。
【原注】 この用語は、定義40のほか記録に関する規則でたびたび用いられる、個々の野手に対する客観的基準である。言い換えれば、ある野手が、その野手自身の最善のプレイを行なったとしても、そのリーグの同一守備位置の野手の平均的技量に照らして劣ったものであれば、記録員はその野手に失策を記録する。
今回の場合なら、打球の深さや走者の位置、セーフティに二塁到達できるタイミングだったか、などを勘案します。しかし、当該野手の肩の強さや送球の正確性、エラーの可能性、打者走者の走力までは考慮できません。そこまで考慮していたらきりがなくなるからです。あくまでもセ・リーグの選手の「平均的技量」で考えます。
結論として、「走塁妨害はあったが、取り除くべき不利益がないので、一塁に留め置かれた。」ということなんですが、以上の背景を理解していないと、このマイクでの説明だけでは理解しきれないでしょうね。これは説明の仕方の問題です。
走塁妨害あったのに
— とわ (@towa__spv) 2022年6月17日
ランナー進まんって何やそれ??#阪神タイガース #走塁妨害 pic.twitter.com/SHa1BTpo3U
もっとも、野球の審判員はプレイを判定するのが一番の任務であって、マイクを使ってお客さんに判定の理由を説明するのは本業ではありませんから(プロの審判員はそこも求められるんでしょうが)、説明の分かりにくさを批判するのはかわいそうな気がしております。
こういうことをきっかけに、野球を愛する方々が、野球規則に触れてくれたらいいなあ、と思っています。
他の走塁妨害と何が違うのか
「走者が走塁妨害を受けたら1つ先の塁に進める」と教わった覚えがあるという方。それはそれで正しいのです。
先ほどの説明で触れた、(1)項がそれにあたります。ここでは、野球規則本文だけ紹介しましょう。
公認野球規則6.01(h) オブストラクション
(1) 走塁を妨げられた走者に対しプレイが行われている場合、または打者走者が一塁に触れる前にその走塁を妨げられた場合には、ボールデッドとし、塁上の各走者はオブストラクションがなければ達しただろうと審判員が推定する塁まで、アウトのおそれなく進塁することが許される。
走塁を妨げられた走者は、オブストラクション発生当時すでに占有していた塁よりも少なくとも1個先の進塁が許される。
走塁を妨げられた走者が進塁を許されたために、塁を明け渡さなければならなくなった前位の走者(走塁を妨げられた走者より)は、アウトにされるおそれなく次塁へ進むことが許される。
【付記】 捕手はボールを持たないで、得点しようとしている走者の進路をふさぐ権利はない。塁線(ベースライン)は走者の走路であるから、捕手は、まさに送球を捕ろうとしているか、送球が直接捕手に向かってきており、しかも十分近くにきていて、捕手がこれを受け止めるにふさわしい位置を占めなければならなくなったときか、すでにボールを持っているときだけしか、塁線上に位置することができない。
【付記】に書いてある例は、主に本塁を守備する捕手が送球を受ける前から走路に立って、走者から本塁を隠そうとしていたような場合を指しています。(1)項の想定は、こういう、今まさにその走者をアウトにしようとしている場合。それは本塁や捕手に限った話ではないので、他の塁で同じことが起こっても同じように走塁妨害です。
私が書いた記事でオブストラクション(1)項に該当するプレイというと、2021年7月11日 ソフトバンクvsオリックスで発生したランダウンプレイでの走塁妨害があります。 こちらは(1)項を勉強するのにうってつけの教材になりますので、お時間と興味のある方は合わせてどうぞ。
また、2022年6月3日、セ・パ交流戦 広島vsオリックスで発生した走塁妨害は、(2)項の適用例でしたね。こちらもご参考までに。
【追記】暇な野手は走塁妨害して、やり得になるのか*1
今朝になって、この件についてこんな意見を多く目にするようになってきました。
(審判員の「妨害はあったが進塁できない」という)こんな判断がまかり通れば、暇な野手はランナーに当たりに行けば良い。妨害しても進塁とはならないのだから、進塁となったとしても元々(進塁されるのだし、損はない)
つまり、ボールを持たない一塁手が、偶然を装ってショルダーチャージをしたり、もっと極端な発想なら、打者走者の背後から羽交い締めにして走塁を妨げたりしても「罰則がないのだからやって損はない」という意見なのでしょう。野球を愛する方が本気で考えてるのかと思うと悲しいですが、野球規則に対する考え方と捉えて、コメントしてみます。
確かにオブストラクション(2)項では、基本的な考え方として、プレイの成り行きを見届けるようになっていますし、妨害によって走者に生じた「不利益を取り除く」(妨害した相手チームに罰則を科すのではなく)ことになっています。
そこには当然ながら「フェアプレイの精神」があることが大前提です。スポーツの大前提を脅かす意図が本当に選手から感じられたならば、審判員はその選手を退場させるまでです。理由は、暴力行為であり、そのような行動が起こるならば、それはもはや野球とは言いません。よって、野球規則そのものを適用することに無理が生じます。
また、観ていたお客さんがブーイングや怒声を発するなどしてそのような行為を許さないでしょうし、勝つためなら何をしてもいいような試合の仕方をしていたら、メディアが激しくバッシングするでしょう。新聞・ニュース・SNSなど様々なチャンネルで「絶対に許されない」とたたかれるはずです。
というわけで、そのプレイそのものに罰則がなくても、退場という懲戒を科すことができるし、その後が大変なのでやり得にはなりえません。
*1:この部分は、2022年6月18日の朝、追記したものです