numの野球・サッカーのルール解説

野球やサッカーの観戦をしていて、ルールが分からず「今のはなんでこういう判定なの?」と疑問に思うようなプレーに、競技規則から判定の理由についてアプローチします。

U-18野球ワールドカップ1次ラウンド アメリカvs日本 審判団の混乱と、もう一つありえないことが…


2023年9月3日、U-18野球ワールドカップ1次ラウンドB組の第3戦のアメリカvs日本で4回裏、不可解な事象が起こりました。

ネット上でも話題となったのは「ダブルプレイのはずなのに審判団が得点を認めた」ことですが、その他にも映像を見返していて「あれっ?」と思ったことがあったので、そのことを記そうと思います。

2か月前のことなんですが忙しすぎてその時に記事が書けなかったのはご愛敬です…

まずは映像をご覧ください

4回裏、アメリカの攻撃。無死二塁からです。

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三塁手の山田選手は、二塁走者を二塁まで追い込み、二塁に2人の走者がついたところで、二塁走者、打者走者の順にポン、ポンと触球しました。ところがなぜか、二塁塁審がアウトを宣告せず、さらに二塁走者が三塁に向かってスタートしたので再度二塁走者に触球。しかし、これでも二塁塁審は何も宣告しません。

本来、これでダブルプレイが成立したはずだというのが、日本チームの主張でした。

1つの塁に2人の走者がついた時のルール

野球のルールの大原則として、2人の走者が同時に1つの塁を占有することはできません。

公認野球規則5.06(a) 塁の占有

(2) 2人の走者が同時に一つの塁を占有することは許されない。ボールインプレイの際、2人の走者が同一の塁に触れているときは、その塁を占有する権利は前位の走者に与えられているから、後位の走者はその塁に触れていても触球されればアウトとなる。ただし本条(b)(2)項適用の場合を除く。

この規則の通り、通常、2人の走者が1つの塁に触れているときは、前位の走者(前を走る走者)にその塁の占有権が与えられます。後位の走者(後ろを走る走者)は、塁に触れていても占有できないので、触球されればアウトになります。

日本の野手はセオリー通りにプレイしている

山田選手の「ポン、ポン」は、この状況での鉄則で、触球の瞬間に離塁していれば前位の走者が、離塁していなければ後位の走者がアウトになります。規則に照らすと、今回の場合は、打者走者がアウトです。

二塁走者、打者走者の順に触球。二塁走者は二塁を離れようとしている

恐らく、この時の二塁走者の表情から想像するに、二塁走者は「触球されて、自分がアウトになった」と思い込み、二塁から離れてしまったのだと思います。

これに気づいた日本チームの野手は、再度二塁走者に触球。これで両者ともアウト、ダブルプレイが成立します。

審判団に何が起こったのか

二塁塁審はこのプレイで混乱

このプレイに対して本来ならば二塁塁審は、まず打者走者(まだ塁についているほう)を指差して「You, Out!」と宣告し、その後二塁走者が離塁した後触球されたところで、さらに「He's Out!」を宣告するところです。

二塁を離れた二塁走者にも触球したけど、二塁塁審は静観

しかし二塁塁審、なぜか何も宣告せずプレイを見守っています。

これは完全に映像を見た私の主観ですが、二塁塁審はこのプレイに対して単純に混乱してとっさに判定できなかった、または、残念ながら野球規則を正しく適用できるだけの理解がなかったのかもしれないと考えています。その証拠に……

ずれたタイミングでアウトの宣告をしている

選手から繰り返し触球をしたことのアピールを受け、二塁塁審はアウトを宣告しています。しかし、誰にアウトを宣告したのかがよくわかりません。また、私にはその表情が困惑しているように見えます。

リプレイ検証までしたのに、審判団どうした?

馬淵監督から要請がありましたが、本件はチャレンジを受け付けるような事象ではないので、おそらく審判団は自主的に映像でプレイを確認することを選択したのだと思います。審判団が集まって協議し、映像を見直したにもかかわらず…

Second runner, You run score!

打者走者はアウト、しかし、二塁走者になぜか得点を宣告。

審判団が協議した結果下した判定は最終であり、本来、これに対して異議は述べられません。しかし、この裁定は審判団が明らかに規則適用を誤っているので、馬淵監督は正しく規則を適用するように要請しました。

公認野球規則 8.02 審判員の裁定

8.02(a) 打球がフェアかファウルか、投球がストライクかボールか、あるいは走者がアウトかセーフかという裁定に限らず、審判員の判断に基づく裁定は最終のものであるから、プレーヤー、監督、コーチまたは控えのプレーヤーが、その裁定に対して、異議を唱えることは許されない。

8.02(b) 審判員の裁定が規則の適用を誤って下された疑いがあるときには、監督だけがその裁定を規則に基づく正しい裁定に訂正するように要請することができる。しかし、監督はこのような裁定を下した審判員に対してだけアピールする(規則適用の訂正の申し出る)ことが許される。

監督が規則適用の訂正の申し出る
報道で使われている言葉に対して思うこと

例えばこういう記事がありますが、メディアはもっとルールを理解し、用語の使い方についてもっとシビアになってほしいと思います。

「ちゃんとルールを理解しろ!」侍Jの”併殺”なのに米国に得点成立!? 大混乱招いた審判団に現地記者は「最悪だ」と辛辣【U-18W杯】

 ……この判定に球場は騒然。至極当然、日本ベンチは大激怒して馬淵史郎明徳義塾)監督は球審に詰め寄り、挟殺プレーの判定について異議を唱えた。その後、リプレー検証の結果は「ダブルプレー」という判定に変わり、日本はこの回を無失点に抑えた。

 とはいえ、明らかなダブルプレーにもかかわらずVTRまで検証し、得点を認めるまさかの大誤審に振り回された日本代表。審判の凡ミスについて、現地台湾を中心に活動しているフリージャーナリストのダニエル・ユーケイ・サン氏は辛辣なコメントを残している。

配信 構成●THE DIGEST編集部

異議を唱えた:
そもそも野球規則では審判員の裁定に異議を唱えることは許されず、異議を唱えれば、警告の後、退場を宣告されます。今回は、審判員が規則の適用を誤っていることについて、正しく規則適用するように「要請」しています。

まさかの大誤審:
後に出てくる「審判の凡ミス」という言葉は間違っていませんが、これは「誤審」とはいいません。誤審は審判員の判定の見極めの問題で、二塁走者にぎりぎり触球できていたのに「ノータッグ、セーフ」とするような事象なら誤審といいますが、触球が明らかなのにアウトを宣告せず得点を認めているのは、規則適用の誤り(または競技規則の適用ミス)にあたります。誤審は、それも含めて競技の一部ですが、規則適用の誤りは審判員としてやってはならないルール運用のミスとなります。

この違い、なかなか分かってもらえないんですよね……

メディアの皆さんが正しくルールを発信してくれれば、野球のルールはもっときちんと広がっていくと思うんですが…。

このプレイでもう一つ気になることが。

もう一度プレイの動画を見てみてください。二塁に戻った二塁走者が離塁したところからどうぞ。

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触球されたのに審判員が何も宣告しないので、二塁走者は三塁に走り、そのあとです。

三塁コーチが走者の背中を押している

「走れ!」とばかりに三塁まで来た走者の背中を、ベースコーチが思いっきり押しています。

公認野球規則 6.01(a) 打者または走者の妨害

次の場合は、打者または走者によるインターフェアとなる。

(8) 三塁または一塁のベースコーチが、走者に触れるか、または支えるかして、走者の三塁または一塁への帰塁、あるいはそれらの離塁を、肉体的に援助したと審判員が認めた場合。

インターフェアに対するペナルティ 
走者はアウトになりボールデッドとなる。
審判員が、打者、打者走者または走者に妨害によるアウトを宣告した場合には、他のすべての走者は、妨害発生の瞬間にすでに占有していたと審判員が判断する塁まで戻らなければならない。ただし、本規則で別に規定した場合を除く。

規則6.01(a)(8)は、通称「ベースコーチの肉体的援助」と呼ばれているものです。用語が独特でインパクトあるので、覚えてもらいやすい規則です。

明らかに、ベースコーチが「行け!」と走者の背中を押して進塁を援助しましたよね。

二塁走者は二塁を離れた直後に触球されているのですから、もう既にアウトになっているのですが、仮にこの触球がなくてもベースコーチの肉体的援助で二塁走者はアウト。得点など入るはずがないのです。

国際大会でベースコーチがインプレイ中に走者の背中を押すなんて、あまりにもありえな過ぎて映像を見たときに衝撃を受けました。また、国際大会の審判員なら当然見ていると思うのですが、アウトにすべき事象を2つも見逃して得点を(一時的にでも)宣告するというのは非常に残念です。

まとめ

他の報道を見ると、本件の真相は「球審が技術委員室からの説明を理解できなかったそうで、技術委員が球審に理解しているかを確認し、最終的に併殺が認められた」ということのようです。ということは、リプレイ検証の際に技術委員(想像するに控え審判員か?)も加わって確認を行ったことになりますが、それで国際審判員が規則適用を間違えるというのは遺憾です。この一件をきっかけに、1つの塁に走者が2人ついたときのルールを正しく理解してもらえれば幸いです。

また、国際大会であんなにしれっとベースコーチが肉体的援助を行うのも信じられませんでした。当然、やってはいけないことなので、真似をしてはいけません。