
2026年10月24日、明治安田J2リーグ第13節の藤枝MYFC対徳島ヴォルティスで、ペナルティーエリア(PA)内のハンド疑惑の場面がありました。主審はノーファウルと判定し、藤枝の槙野智章監督は試合後に審判団への苦言を口にしました。
この場面は、7月のJFAレフェリーブリーフィングで示された「ディフレクション(体などに当たってボールの軌道が変わること)」の基準に照らして見ると、論点がかなり整理できます。今回は、報じられている事実と競技規則・運用基準をもとに、この判定が「どういう見方なら成り立つのか」を整理します。
※10月29日、JFA審判委員会の見解を末尾に追記しました。
何があったのか
場面の概要
DAZNによるハイライトに当該シーンが含まれているのでご覧ください。藤枝が0-1とリードされていた67:59のシーンです。
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藤枝のFW川本梨誉がPA内でボールを浮かせて相手をかわそうとした際、徳島のDF田中隼人の左腕にボールが当たりました。俵元希主審は反則を取らず、プレーは続行されています。藤枝側が抗議し、槙野監督にはイエローカードが提示されました。主審は副審と確認したうえで、「キャプテンオンリー」として両チームのキャプテンを呼んで判定を説明し、試合は再開しました。
なお、主審が見落とした明白な間違いを映像で確認して助言するVAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)は、J2には導入されていません。
槙野監督の発言
槙野監督は試合後のフラッシュインタビューで、「審判が新ルールを採用したのかもしれないですけど」と切り出し、審判団のレベルを問う強い言葉で改善を訴えました。後から意見書が出て「ハンドでした」と言われても遅い、という趣旨の発言もしています。
本記事では、発言の是非ではなく、現在の判定基準を整理します。「新ルール」という言葉を理解するうえでは、競技規則の条文改正と運用基準の明確化を区別する必要があります。
前提:今回の判定に関わるハンドの基準
ハンドの判定基準の全体像は、別の記事で詳しく整理しています。ここでは、今回の場面に関わる部分だけを確認します。
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競技規則の条文は変わっていない
ハンドの反則について、競技規則の条文には次のように書かれています。
サッカー競技規則 第12条 ファウルと不正行為 ボールを手や腕で扱う
ハンドの反則を判定するにあたり、腕の上限は、脇の下の最も奥の位置までのところとする。競技者の手や腕にボールが触れることのすべてが、反則になるわけではない。
2026/27の競技規則改正は、第3条、第5条、第12条4項(懲戒処置)など多くの条項に及びますが、ハンドの反則そのものを定める第12条1項は改正されていません。*1
運用基準が明確化された
一方で、2026年7月21日のJFAレフェリーブリーフィングでは、2026-27シーズンの重点項目としてハンドの判定基準が示されました。反則とならない例として、次の5項目が挙げられています。*2
- 腕/手が身体の近くにある
- 腕/手の位置や動きが自然である
- ボールの軌道が明確に変化している(ディフレクション)
- 味方競技者がけったボール
- 自らがけったボール
このうち、今回の場面に関係するのは「ボールの軌道が明確に変化している(ディフレクション)」です。佐藤隆治JFA審判マネジャーは、この考え方は競技規則に記載があるわけではなく、AFCやFIFAなど海外での運用を踏まえた説明だと話しています。つまり、条文ではなく運用基準です。
ディフレクションとは
ディフレクションは、他の選手に当たったボールと、自分の体に当たって跳ね返ったボールの両方を指します。静止画では不自然に広げた腕に当たったように見えても、その過程で体や足に当たっていればハンドの反則とはしない、という考え方です。
以前の記事で取り上げた2025年10月の浦和vs神戸(荻原)のように、足に当たって軌道が変わった後に腕へ当たった場面も、今後はノーハンドとする運用が示されています。
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今回の場面を基準に当てはめる
争点①:腕に当たる前に、体への接触はあったのか
リプレイ映像を見ると、川本選手が左足でボールを浮かせた直後に、ボールが田中選手の体(太ももか腹部のあたり)に当たってから、左腕に当たったように見えなくもありません。しかし、当たっていると断定できるほどでもありません。
ここが今回の最大の分かれ目です。ボールが直接腕に当たったのであれば、後述する腕の位置を踏まえると、ハンドの反則としてPKとするのが当然の場面だと、私は考えます。逆に、体に当たってから腕に当たったのであれば、ディフレクションの基準が関わってきます。
争点②:軌道は「明確に」変化したのか
ディフレクションが成立するには、体に当たったという事実だけでなく、ボールの軌道が明確に変化している必要があります。成立すれば、腕の位置が目立つ形であってもノーハンドです。ただし、「明確に」の具体的な基準(角度や速度の変化の大きさなど)は示されていないので、実際の接触状況や軌道の変化を踏まえて、主審が判断することになります。
今回の場面では、体への接触があったかどうか自体がリプレイ映像で断定できず、軌道の変化が「明確」と言えるかどうかも判断できません。
争点③:腕の位置は自然だったのか
ディフレクションが成立しない場合は、腕の位置が「体を不自然に大きくしていたか」の判断材料になります。
サッカー競技規則 第12条 ファウルと不正行為 ボールを手や腕で扱う
手や腕の位置が、その状況における競技者の体の動きによるものではなく、また、競技者の体の動きから正当ではないと判断された場合、競技者は、不自然に体を大きくしたとみなされる。競技者の手や腕がそのような位置にあったならば、手や腕にボールが当たりハンドの反則で罰せられるリスクがある。
映像で見る限り、ボールが当たった左腕は体から完全に離れています。バランスを取るための自然な位置という説明は成り立つものの、結果として大きく広がり、ボールに対する「壁」のようになっています。この位置にボールがダイレクトに当たっていれば、腕の位置が体を不自然に大きくしていたと判断され、ハンドの反則としてPKとするのが当然だと、私は考えます。
判定の見方は2通りに分かれる
ここまでの争点を整理します。今回の場面で問題となるディフレクションの有無と腕の位置に絞っています(意図的に手や腕でボールに触れた場合など、他の要件は除きます)。
| 見方 |
条件 |
判定の方向 |
| ノーハンドと見る場合 |
腕に当たる前に体への接触があり、軌道が明確に変化している |
ディフレクションに該当し、ハンドの反則とはしない |
| ハンドでPKと見る場合 |
体への接触が確認できない、または軌道の変化が明確でない。かつ腕の位置が不自然と判断される |
体を不自然に大きくしたとみなされ、ハンドの反則となり得る |
どちらの見方が妥当かを断定することは、この記事では避けます。なお、判定の理由について、現時点でJFAやJリーグから公式の説明は確認できていません。
なぜ判定への印象が割れるのか
中継映像と主審の見え方の違い
私たちが目にするのは、中継のメインカメラという「ひとつの角度」からの映像で、スローのリプレイで繰り返し見ることもできます。今回の場面でも、メインカメラの映像では「腕に当たったことは明らか」ですが、「その直前に体に当たったかどうか」「ボールの軌道が変化したかどうか」は分かりにくいです。
一方、主審は別の位置から、別の角度で、走りながら一瞬で見て判定しています。プレーが起こった地点と主審の間に選手が入りこみ、視界が遮られることもあります。それでも主審は、その場で自分の目に見えたものと、他の審判員から得られる情報をもとに判定するしかありません。
映像から判断すると、今回の主審は、プレーの後方のやや離れた位置から見ていました。その位置からは「体に当たってから腕に当たった」ことが見えた可能性があり、そうであればディフレクションが成立し、ノーハンドの判定はむしろ「ナイスジャッジ」となります。
※この点は、JFA審判委員会の説明により否定されています(末尾の追記を参照)。
主審の判定が批判の対象になるのはやむを得ないことですが、この視点や見え方の違いを考慮して批判してほしいと思います。
J2にはVARがない
J1ではVARが導入されており、明白な間違いがあれば介入する仕組みがあります。一方、J2にはVARがなく、主審・副審・第4審判の目視による判断がすべてです。
槙野監督は、主審・副審・第4審判の全員が見える位置にいたと主張し、ハンドと判定しなかったことを問題視しています。しかし、これまで述べてきたように、それぞれの視点や見え方の違いを考慮した上での批判かどうか、もし審判のレベルを問題視するなら、改善のためにどうすべきかを建設的に議論できるように主張してほしいと思います。かつて浦和でプレーした熱い男だと分かっているからこそ。
まとめ
- 田中選手の左腕にボールが当たったことは明らかです。腕は体から離れており、ダイレクトに当たっていればPKとするのが当然だと、私は考えます。
- ただし、2026-27シーズンの運用基準では、体に当たって軌道が明確に変化した後の腕への接触は、ハンドの反則とはしないとされています。
- 判定の評価は、直前の体への接触と軌道の変化をどう見るかで分かれます。
この記事が、読者の皆さんが自分で判断するための材料になれば幸いです。
参考文献
- FOOTBALL ZONE「槙野監督が切実な訴え『マジでレベル低い』 ハンド見逃しに抗議も警告…判定に『絶対ダメ』」(2026年10月24日)
- ゲキサカ「ディフレクション当たっても『ハンドの反則とはしない』J開幕控えるJFA審判委、FIFA審判委員長の明言受けて説明」(2026年7月21日)
- サカノワ「疑惑の判定、抗議の槙野監督にイエローカード!『判定格差』…VARのあるJ1だったらハンドでPKだった可能性」(2026年10月24日)
- 日本サッカー協会「2026/27年サッカー競技規則 変更の概要と詳細」(2026年5月28日)https://www.jfa.jp/documents/pdf/soccer/law_soccer_260528_01.pdf
追記(2026年10月29日)
JFAの扇谷健司審判委員長は10月29日、この場面について「(徳島DFの)ハンドという見解。残念ながら審判員は正しい判定を導き出すことができなかった」と述べました。
同委員長によると、主審、副審とも、ボールが手に当たる瞬間はハンドを確認できない立ち位置にいました。主審からは田中選手自身の体で左腕が隠れ、副審には相手選手が立ちふさがる状況だったということです。*3この説明によれば、主審・副審ともに接触の瞬間を確認できなかったことが、正しい判定を導き出せなかった背景にあります。
本文は公開時点(10月25日)の考察のまま残しています。本文では、主審の位置からは体に当たってから腕に当たったことが見えていた可能性を述べましたが、主審からは腕への接触そのものが見えていなかったことになり、この推測は成り立ちません。
同様の場面で正しい判定を導き出すには、審判員の位置取りや審判団内の情報共有など、判定を支える仕組みも含めて検証する必要があると考えます。扇谷委員長は、1つの判定や事象だけで審判員を処分することはなく指導にとどめると説明し、J2・J3の審判員の教育の場づくりや、経験と学びの積み重ねが重要だとの考えを示しています。*4担当審判員個人を責めて終わらせるのではなく、なぜ接触を確認できなかったのか、同様の場面で正しい判定につなげるには何が必要なのかを具体的に検討することが、再発防止につながるはずです。