SNSを見ていると、(自分にとって)納得できる判定を主審が下さなかったことや、VARが介入したことで(自分にとって)納得のいかない裁定となったことから、様々な反応を目にするのですが、中にはそもそもVARについて誤解や勘違いをしているのではないかと感じるときがあります。
今回は、VARに関する「よくある誤解」をまとめてみました。ぜひ読んでいただいて、VARに関して理解が深まればと思います。
※2024年8月7日、大幅に改稿しました
「VAR」ってそもそも何?
VARは審判員
VARとは「Video Assistant Referee(ビデオ・アシスタント・レフェリー)」の略称で、日本語で説明的に書くなら、「ビデオ判定を行う副審」です。
サッカー競技規則には次のように示されています。
サッカー競技規則 第6条 その他の審判員
試合には、その他の審判員(副審2人、第4の審判員、追加副審2人、リザーブ副審、ビデオアシスタントレフェリー(VAR)、および、少なくとも1人のアシスタント VAR(AVAR))を任命できる。その他の審判員は、競技規則に従って試合をコントロールする主審を援助するが、最終決定は、常に主審によって下される。
主審、副審、第4の審判員、追加副審およびリザーブ副審は、「フィールドにいる」審判員である。
ビデオアシスタントレフェリー(VAR)とアシスタントVAR(AVAR)は、「ビデオ」審判員(VMO)であり、競技規則およびVAR実施手順に基づき、主審を援助する。
簡単にまとめるとこういうことです。
- ビデオアシスタントレフェリー(VAR)は「審判員」
- ビデオアシスタントレフェリー(VAR)は、アシスタントVAR(AVAR)とともにビデオ審判員(VMO:ビデオマッチオフィシャルズ)として主審を援助する
SNSを見ていると、ときどきこういう表現を見ることがあります。
よくある間違い
- この試合はVARがある
- なんでVARがないんだ?
- 主審がVARしたほうがいい!
- VARが行われた!
- 主審がVARを見に行った!
これは「VAR」ってそもそも何なのかを勘違いしているように思われます。次のように置き換えると「おかしい」ことがわかるかと思います。
- この試合はビデオ・アシスタント・レフェリーがある
- なんでビデオ・アシスタント・レフェリーがないんだ?
- 主審がビデオ・アシスタント・レフェリーしたほうがいい!
- ビデオ・アシスタント・レフェリーが行われた!
- 主審がビデオ・アシスタント・レフェリーを見に行った!
[誤用] VARをする/VARを見る
しばしば、「主審が耳に手を当てて待てのジェスチャーをすること」や「主審が空中に長方形を描くこと」をVARと言ったり、「主審がフィールド上にあるモニターで映像を見る行為」や、その「モニターそのもの」のことをVARと言ったりしているように感じます。
主審が耳に手を当てて待てのジェスチャーをすることは「VARがチェック中」であることを示します。
また、主審が空中に長方形を描くことは「TVシグナル」といいます。
主審がオンフィールドレビューの際にモニターを確認する、白い破線で区切られたエリアのことは、「レフェリーレビューエリア(RRA)」といいます。
そして、主審がリプレイ映像をチェックして最終的な判断を下すことは、「オンフィールドレビュー(OFR)」といいます。
恐らく、
- この試合はビデオ判定がある
- なんでVARが介入しないんだ?
- 主審がオンフィールドレビューしたほうがいい!
- リプレイ検証が行われた!
- 主審がリプレイ映像を見に行った!
といった表現が適切でしょう。
VARの制度についての誤解
VARは、ピッチ上にいる4人の審判団の他に追加されている審判員で、ビデオオペレーションルーム(VOR)でAVARとともに任務に当たります。
そもそもサッカーの審判は、主審がすべての決定を行います。しかし、主審がすべての事象を確認することは難しいので、副審や第4の審判員が補佐し、4人の審判団で行うのが基本的な在り方です。
ですから、VARはあくまでも審判団にとってオプションで、ピッチ上の4人の審判団をサポートする立場です。
VARが介入する事象は次の4種類に限られていて、主審の判定にはっきりとした明白な間違いがあるとき、または見逃された重大な事象があるときに介入します。
(1) 得点かどうか
(2) PKかどうか
(3) 一発退場かどうか(2枚目の警告は該当しない)
(4) 警告・退場の人間違い
よくある勘違い
あるプレーについて警告が出ないことに納得がいかないことはしばしばみられますが、イエローカードかどうかはVARの介入の対象にはなりません。
また、ゴールキックやコーナーキックの判定や、スローインがファウルスローかどうか、フリーキックの位置が違っている、といったことについては、その決定の誤り自体が「試合に直接的に影響」するものではないため、VARの介入対象とはなりません。
さらに、仮に本来ゴールキックとすべきところを主審が誤ってコーナーキックの判定を行い、そこからゴールにつながったとしても、
サッカー競技規則 第5条 その他の審判員
主審は、プレーを再開した後、……その直前の決定が正しくないことに気づいても、またはその他の審判員の助言を受けたとしても、再開の決定を変えることができない。
にあるとおり、すでにプレーを再開した後なので、VARが介入してゴールキックをコーナーキックに変更することは認められません。
このことから、VARは「プレーの再開方法」に介入することはできないと分かります。
VARは常に試合の映像を見ています
よくある誤解
- 主審がVARに「映像を見てほしい」って言わなかったから……
- 今のプレーはVARが入らないのかな?
VARは常に試合を見て、介入の可能性のある4事象についてはVARは主審から言われずとも、必ずリプレイをチェックしています。
VARがチェックを行っているときは主審が耳に手を当てるシグナルをして、チェック中であることを周知します。しかし、このシグナルがなくても、VARによるチェック自体は必ず行われています。
「Jリーグ審判レポート(シンレポ!)審判の舞台裏#1」が大変参考になるので、佐藤隆治氏のVARの実演も含めて見てみてください。
佐藤隆治氏:オンフィールドレビューや交信がなくても、実際は90分の中でこういった作業をたくさんしているんです。
平畠啓史氏:よく実況の方や解説の方が、「今のプレーVARは入らないんですか?」ってよく言うじゃないですか。
佐藤隆治氏:何もしてないわけじゃなくて全て確認をしていて、確認したうえで「呼ばない」という決断をしているんです。
せめてオンフィールドレビューすれば納得できるのに…?
主審がリプレイ映像を見る「オンフィールドレビュー」は、VARが介入した場合に行われます。つまり、主審の判定に「はっきりとした、明白な間違い」または「見逃された重大な事象」があった場合に限られます。
「際どいプレーだったからこそ、みんなで映像を見て主審が判定すれば納得する」という意見自体は理解できます。しかし、その方法はIFABやFIFAが定めたVARの運用方法(VARプロトコル)では認められていません。誰かの納得感のために目の前の試合だけが独自の運用方法をすることはできません。
VAR介入なしで主審が判定を変えた?
誰が映像を見ても変わることのない、事実に基づく判定の場合は、主審がVARからリプレー映像から得られた情報を聞いて判定を変更することがあります。これをVARオンリーレビューといい、VARが介入した結果、主審が判定を変更したのです。
例えば、パスを受けた選手がオフサイドポジションにいたかどうか、反則が起こった地点がペナルティーエリアの内側か外側かといったものは、通常、VARオンリーレビューとなります。VARオンリーレビューによる場合も、主審は判定変更の前に必ずTVシグナルをします。
2021 J1リーグ第31節 神戸vs浦和のこのシーンでは、VARオンリーレビューにより、オフサイドの判定でゴールが取り消されました。
映像がないってどういうこと?
VARが映像をチェックし、主審が下した判定に「はっきりとした、明白な間違い」があるといえない場合は、チェックで終了します。
また、ある事象に関してVARが映像をチェックしようとしたものの、その事象がはっきりと確認できない場合もあります。J1リーグでは、VARは12台のカメラ映像を使ってプレーを確認しますが、あらゆる角度、あらゆる距離からプレーを確認できるわけではなく、 これらのカメラで確認できない事象は当然起こりえます。
ときに疑惑の判定があったとき、スタジアムで観戦している人が撮影した映像がSNS上に流れることがありますが、それはVARがチェックしている映像ではありません。
まとめに代えて
VARの制度を理解するために、まずは正しい用語・表現を覚えてほしいです。
言葉を間違って使っていると、意味が通じなくなることが起こります。「私はそんなことを言っていない」「そういう意味では言っていない」と言っても、SNSでは言葉の間違いによって伝えたいことが伝わらなくなることはしばしばです。
また、VARはすべての事象に介入するわけではなく、役割はあくまでも主審の補佐です。全ての判定に正しさを追求するのではなく、試合結果を左右するような判定や事象のうち、「はっきりとした、明白な間違い」をなくすことがVARの基本的な考え方です。ぜひ、VARの役割や介入条件などについても正しく理解してほしいと思います。