numの野球・サッカーのルール解説

野球やサッカーの観戦をしていて、ルールが分からず「今のはなんでこういう判定なの?」と疑問に思うようなプレーに、競技規則から判定の理由についてアプローチします。

「公認野球規則」を購入しなければ、正しいルールを身につけることはできないのですか。

野球とサッカーを、どちらかというと審判目線で観戦するのが趣味の、numと申します。

今回は、私が兼ねてから思っていることを、タイトルにそのまま掲げて書こうと思います。「野球」の日本における課題だと思っています。それは、

「公認野球規則」を、もっと自由に読めるようにしてほしい!

というものです。

「公認野球規則」をウェブで無償公開できないか

誰もが野球規則を自由に確認できるように!

この記事を書く2022年時点で、日本プロ野球機構(NPB)や日本野球連盟など、野球を統括する団体のウェブサイトにルールそのものが全文公開されておらず、誰もが自由に参照することはできません。

もちろん、書籍である『公認野球規則』を書店で購入すれば読めるのですが、これだけインターネットが普及している現代にあって、ルールが自由に参照できないのはいかがなものかと思っています。

サッカーは、すでにそうなっている!

サッカーでは、原典である"Law of the Game"も、それを日本語に翻訳した「サッカー競技規則」も、そのそれぞれ国際サッカー評議会(IFAB)や日本サッカー協会のウェブサイトで公開されていて、規則全文をブラウザ上で読むことが可能です。

www.theifab.com

www.jfa.jp

"Official Baseball Rules"は公開されている!

ちなみに、メジャーリーグベースボールMLB)では、「公認野球規則」の原典でもある"Official Baseball Rules"がウェブサイトで公開されています。ただし、PDF書類がポンと置いてある状態ですが。

www.mlb.com

PDFでの公開だけでももちろんありがたいことです。ですが、ブラウザ上で読めるようになると、検索や読み上げなどがしやすくなり、ユーザー側にとって、より調べやすく読みやすくなります。

日本での野球のルールの「普及」の変遷

なぜ、野球のルールがこんなに閉鎖的なのか。

調べてみると、野球のルールが普及する変遷にその理由を感じました。

ルールを「統一」しなければならなかった日本野球

国際大会を考えれば、スポーツ競技のルールは本来1つであるべきだと思うのですが、実際のところ、野球はそうではありませんでした。

日本に野球が伝えられたのは、1872年(明治5年)。それ以来、様々な形で野球の団体が乱立しました。日本で初めてプロ野球の試合が開催されたのは1936年。一方、『公認野球規則』は、1956年に日本国内の野球の統一ルールとして初めて発行されました。

つまり、『公認野球規則』が発行されるまでは、プロ野球や学生などのアマチュア野球ではそれぞれの団体で申し合わせたルールに基づいて試合が行われてことになります。実は、日本国内ですら、野球のルールが統一されていない状態でした。

「プロではそうだろうけど、うちの団体ではこういうルールになってるからいいんだよ、そんなの。」

とか、

「あっちの地域ではそういう風にやってるんだろうけど、うちの地域ではそれは反則として取ってるからね。」

など、聞くところによると、プロ/アマの違いだけでなく、アマチュアの中にあっても、地域差があったり、カテゴリでもルールが違ったりと、かなりまちまちだったようです。

ようやく統一されたルールは、非売品

こういった事情を経て、1956年、ようやく日本国内の野球関係団体が「申し合わせ」をして、規則書を統一したのだそうです。

1956年 公認野球規則 はしがき(抜粋)

 プロフェッショナルとアマチュアの如何を問わず、日本の野球界のどの部門にも通用する野球規則というものがあってもいいではないかという声が最近非常にたかまってきた。

 全国プロフェッショナル野球機構とアマチュア野球五団体は、そこで互いに協調してこの要望にこたえ、日本の野球界全体に適用できる規則を作ることとし、同時に規則書も一つのものとすることを申し合わせた。

 こうしてでき上がったのが本書であるが、一九五六年三月一日からこの規則は効力を持つことになる。

 日本の野球規則の根幹をなしているのは、いうまでもなく米国オフィシャル・ベースボール・ルールズだが、これを基に、なるべく日本のものらしい規則をつくり上げるよう努力した。

 “ただ一つの規則”が日本の野球界にでき上ったということは野球史上画期的なことであるという喜びを以て本書を諸兄に贈る次第である。

野球史上画期的なことであったようですが、苦労して作ったゆえにか、広く一般に広報するという発想はなかったようで、関係する野球団体で共有するにとどまってしまいました。以来50年間、2005年まで『公認野球規則』は、野球団体を通じて関係者に頒布される非売品でした。

Wikipedia」によると、毎年2月に週刊ベースボールなどの野球雑誌に「関係者向けに実費頒布」する広告が掲載され、郵便振替の振込先に送料を含んだ総額を送金することで入手する方法もあったようですが、いずれにせよ、こういった手法からは、広く一般に普及させる発想は感じらせません。

「ルールなのにプレーヤーが知らない」状態がまかり通る

結局、「ルールブック」を持っていて、(おそらく)正しい野球のルールを知っているのは審判員と野球組織の関係者。もしかしたら、監督くらいまでかもしれませんが、少なくとも一般のプレーヤーが読むことはまずなかったでしょう。

そうなると、審判員が「アウト!」と力強く宣告したとき、理由が分からず食ってかかるプレーヤーが出てきてもおかしくありません。だってルールを知らないんだから。

そういうとき、古き良き日本には「お上には逆らうな」「長い物には巻かれろ」と言って聞かせる文化がありましたから、プレーヤーに「審判の言うことは絶対だ」と指導してきたのでしょう。そして、審判員に何かを言うこと自体を「無礼なこと」とする傾向が生まれてきたようです。

今でも高校野球では、試合中、監督はグラウンドへ出ることができないことになっています。また、「高校野球特別規則(2022 年版)」には、審判員に対して規則適用上の疑義を申し出る場合は、「主将、伝令または当該選手に限る」と定められています。

https://www.jhbf.or.jp/rule/specialrule/specialrule_2022.pdf

何かにつけ、主将や伝令は、出てくるたびに審判員に脱帽して礼をしていきます。その姿を爽やかに感じる方もいるかもしれませんが、私は、権威ある立場に頭を下げさせる教育を施しているようにも感じます。

非売品から50年経って、市販化に踏み切る

話が逸れました。

さて、ルールの統一はされたものの、ルールブックが非売品の状態が50年間続いてきたのですが、動きが変わったのは2006年版から。市販化され、ベースボール・マガジン社から1冊1000円で、街中の書店やAmazonなどで購入することが可能になりました。

2006年、市販化第1回当時の帯には「待望の市販化!」なんて書いてあったくらいです。

『公認野球規則2006』―待望の市販化!

2006年 公認野球規則 はしがき(抜粋)

 1955年に日本におけるプロ野球とアマチュア野球の規則書の合同化が実現して以来、「公認野球規則」は各野球組織、団体を通じて、関係者に頒布を続けてきました。

 野球の発展拡大に伴って多くの方から「なぜ規則書を一般の書店で買えないのか」「どこで規則書は手に入れることができるのか」との声が寄せられてきましたが、よりいっそうの野球の普及、底辺拡大をはかるべく、はじめて今年、「公認野球規則」の市販化に踏み切ることになりました。

それでもなお「購入」して読むルール

私のような一般人でも手にすることができるようになり、正しい野球のルールが会員以外にも広がったという意味で、市販化に踏み切った判断は、確かに画期的であり、とてもよいことだったと思います。

しかし、裏を返すと、野球組織はそれだけ閉鎖的な体制だと言えます。また、現状でも、ルールを読むためだけに、毎年、金がかかります。規則改正の通達文は、NPBのホームページなどで読むことができますが、改正後の全文がどこかに公開されているわけではありません。

競技者「必携」なのに、容易に携えられない

日本の野球には「軟式野球」という分類があり、全日本軟式野球連盟が各地の軟式野球連盟を統括する団体です。

軟式野球では独自の内規を設けていて、「競技者必携」という名称の冊子にまとめられています。実は「競技者必携」はいまだ各地区の軟式野球連盟関係者などでないと手に入れられません。

公認野球規則・競技者必携の購入について
公認野球規則は書店などで市販されておりますが、競技者必携は各都道府県支部にて販売しております。
競技者必携については、上記「加盟団体」のページからお問い合わせください。
全日本軟式野球連盟「プレイヤーの方」

軟式野球では、規則適用上の解釈が競技者必携に則っており、「知らない」は通用しません。競技者が必携する本と銘打っているに関わらず、簡単に携えられないのはどういうことなのでしょうか。

野球規則がもっとオープンになれば…

より多くの人が正しいルールを学べるように

言うまでもなく、プレーヤーはルールをきちんと知っていることが必要です。

しかし、ルールブックの行き渡り方はこれまで述べてきたとおりで、市販化により改善はしましたが、まだまだ正しいルールを身につけることが容易にはできない環境であることはお分かりいただけるかと思います。正しい野球のルールを広く普及したいのなら、全文をインターネットに公開して自由に閲覧出来ればいいのに、と思います。

競技規則の文章は、厳密さと一般性の両方が求められるため、自然と言葉が難解になり、『公認野球規則』も決して優しくないです。

しかし、サッカーの競技規則のようにウェブで公開されれば、誰でもルールそのものに触れることができ、正しいルールを知ってもらえる可能性が広がります。

より多くの人に競技への関心をもってもらえるように

その競技のことをあまり詳しく知らない人でも容易に競技規則を読めることは、競技や競技規則に興味をもってもらうきっかけになります。

以前、「Referee と Umpire はどう違うのか」を調べるとき、各競技における審判員の呼称と位置付けをそれぞれの競技規則で確認したのですが、バスケットボールやテニスなど、私にとっては全くの専門外の競技についても調べることが出来たのも、各競技の国際団体が公開してくれていたからこそ。競技規則を読みながら、バスケットボールのルールでレフェリーの用語が「審判団」のニュアンスで使われていることに面白さを感じたり、テニスのアンパイアの権限の強さに驚いたりと、様々な発見があって面白かったことを覚えています。間違いなく、競技に対する関心も広がりました。

もっとも、そこまで英語力が高いわけではない私にとっては、競技規則の英語を読み解くのはなかなか大変でした。日本語版が公開されている競技団体のホームページは、しっかりしている印象を受けたのも事実です。

その結果、野球でも「DOGSO現象」が起こるかも

時には"DOGSO"がトレンド入りする

サッカーでは最近、「決定的な得点機会の阻止」の場面が起こると、Twitterでは「DOGSO祭」が起こるようになりました。

www.sponichi.co.jp

「DOGSO」という言葉を知っているだろうか。Jリーグの試合の開催日にはツイッター上で飛び交う、サッカーファンにとっての「公用語」だ。…(中略)…正しいルールがファンに伝われば、NPBが目指している野球振興にもつながる。野球界にも「DOGSO現象」が生まれることを願っている。(記者コラム・柳内 遼平)
2022年05月17日 スポーツニッポン

柳内氏がいう「DOGSO現象」とは、定義するなら「ファン/サポーターが、疑問をもった判定や措置について、(DOGSOのような)専門用語を用いて、競技規則に基づいて議論する現象」とでも言えばいいでしょうか。

ファン/サポーターが競技規則に詳しくなることで、例えばサッカーの場合、ひいきのチームにとって不利な判定が起こったとき、審判員に対する誹謗中傷(誤審だ、ふざけんな、謝罪しろ、審判を退場させろ、審判ライセンスをはく奪しろ、審判の質が低下している…)だけではなく、判定に対する疑問や自分なりの解釈(距離や方向は十分だがボールコントロールの可能性で疑問が残る、ペナルティーエリア内でボールに対してチャレンジしたからイエローカードで済んだ、…)がTwitterに流れるようになってきました。

このような「競技規則に基づいて判定に対する疑問や自分なりの解釈を展開できるような文化を野球にも!」という主張を柳内氏はしているのだろうと私は記事を呼んで理解しました。私もこの意見に概ね同意します。

奇しくも、先ほどお示しした、『公認野球規則2006』の帯には、

ルールに精通すれば、
野球がいま以上に楽しくなる

とありました。まったくもって、そのとおりだと思います!

野球の統括団体に求められているのは情報発信

野球というスポーツが伝播・普及され、実際にプレーされるためには、プレーヤーやファンにルールを理解してもらうことが不可欠です。

少し厳しい言い方をすれば、今、NPB日本野球機構)や日本野球連盟などの統括団体がルールの普及をすることは当然のことであり、野球のルールに興味をもった人が容易にルールを調べられる環境にない現状は、怠慢だとも感じています。

もちろん、全文公開となれば、書籍である『公認野球規則』の売り上げは落ちるでしょう。野球団体やベースボールマガジン社にとっては、ウェブで公開という手間をかける上に、販売による収入が落ちますから、損しかないと思うかもしれません。

しかし、本は本で、グラウンドで素早く参照したり、付箋を貼ったりすることができますから、本であることも有用であると思います。恐らく私は、引き続き本での購入はし続けるでしょうし、私と同じように、本が欲しい人は引き続き購入し続けるはず。全く売り上げがなくなるということにはならないと思います。

それ以上に、多くの人が野球に興味をもち、正しい野球のルールを身につけるのですから、野球がさらに広く普及することの貢献につながるはずです。

「公認野球規則」の全文をNPBのサイトに掲載すること、できませんかね。

ひとまずは、購入して読むしかありませんので、
購入はこちらから→ 『公認野球規則』