2023年7月13日 高校野球選手権熊本大会2回戦 八代vs翔陽の試合。
9回表、八代高校の投手は脚がつってしまいました。八代ベンチから水が届けられましたが、それ以後も何度も足を伸ばします。しかし八代はそれで守備のタイムを取り終えたと考え、マウンドに行くことができずにいました。それを見た翔陽の投手がペットボトルを持ってマウンドに駆け寄り、水を差し出しました。
この一件を、「美談」「これぞスポーツマンシップ」と讃える人が多いのですが、私は「美談で済ませてしまっていい話なのだろうか」と疑問に感じています。
この経過を、ルール面から考えてみます。
- 守備のタイムが取れないとは
- 負傷したときの〝タイム〟のルール
- 審判員がタイムをかけることはできなかったのか
- 気持ちで持ちこたえることをよしとしていいのか
- 悪意ある相手選手がドーピングをさせる可能性
- 高校野球に携わる大人たちに考えてもらいたいこと
守備のタイムが取れないとは
プロ野球では1イニングの間にタイムを取って監督やコーチが投手のもとに行く回数には制限があります。
公認野球規則5.10(l) 監督・コーチがマウンドに行ける回数
プロフェッショナルリーグは、監督またはコーチが投手のもとへ行くことに関して、次の制限を適用しなければならない。
(1) この項は、監督またはコーチが、1イニングに同一投手のもとへ行ける回数を制限する規則である。
(2) 監督またはコーチが、1イニングに同一投手のもとへ2度目に行けば、その投手は自動的に試合から退かなければならない。
(3) 監督またはコーチは、そのときの打者が打撃を続けている限り、再びその投手のもとへ行くことはできない。
(4) 攻撃側がその打者に代打者を出した場合には、監督またはコーチは再びその投手のもとへ行ってもよいが、その投手は試合から退かなければならない。
監督またはコーチが投手のもとへ行った後、投手板を囲んでいる18㌳の円い場所を離れたら、1度行ったことになる。【注1】 我が国では本項にある、〝投手板を囲んでいる18㌳の円い場所〟を〝ファウルライン〟と置き換えて適用する。
このとおり、通常の野球では、監督やコーチが同一イニングで2回マウンドに行ったらピッチャー交代です。
しかし、高校野球においては「高校野球特別規則」が定められていて、タイムについては次のようになっています。
高校野球特別規則14. 監督またはコーチが、マウンド上の投手のもとへ行く回数規制
監督またはコーチが、マウンド上の投手のもとへ行く回数を規制した規則5.10(ℓ)は、高校野球では、試合中監督はグラウンドへ出ることができないと定められているので適用しない。
高校野球特別規則15.タイムの制限
試合の進行をスムーズにするために、下記の規則を採用する。
(1)守備側の伝令によるタイムの制限
①監督の指示を伝える伝令は、マウンドにいける回数を1試合に3回までとする。
②延長回(タイブレーク)に入った場合は、それ以前の回数に関係なく、1イニングにつき1回だけマウンドに行くことが許される。
③この場合の伝令がマウンドに行くとは、ファウルラインを越えたかどうかを基準とする。
④伝令は、審判員が“タイム”を宣告してから30秒以内とする。
(以下略)(2) 攻撃側の伝令によるタイムの制限
① 打者および走者に対する伝令は、1試合につき3回までとする。
(以下略)
よって、高校野球では規則5.10(l)は適用しないので、1イニングに2度マウンドに伝令を送っても構わないが、守備のタイムは1試合に3回までに制限されています。
負傷したときの〝タイム〟のルール
公認野球規則5.10(l)には、原典である『Official Baseball Rules』でも記載されている注書き(原注と呼ばれます)があり、このような記述があります。
公認野球規則5.10(l)【原注】
…投手が負傷を受けたとき、監督がその投手のもとへ行きたいときには、審判員にその許可を要請することができる。許可があれば、マウンドに行く回数には数えられない。
けがの状態の確認のために監督やコーチが駆け寄るのは、ルールで規制する「マウンドに行く回数」には数えないよ、ただし審判員に許可を求めてね、というルールです。
私は「当たり前」のルールだと認識しています。
さて、先ほど確認した通り、高校野球では5.10(l)は適用しないことになっています。適用しない理由は「試合中監督はグラウンドへ出ることができないと定められているから」です。
八代高校としては、守備のタイムを使い切ってしまったので、これ以上タイムを要求することはできないと考えたのでしょう。しかし、投手は足に異変をかかえていて、それは誰の目から見ても明らかです。
こんなとき、「投手の状態を確認させてください」と球審に許可を求め、ペットボトルを投手に持っていくことや、状態を確認するためにチームメイトや監督が駆け寄ることは、公認野球規則や高校野球特別規則のルールの精神を考えれば、何ら問題ないことなのではないかと私は考えます。
審判員がタイムをかけることはできなかったのか
八代高校が「もうタイムを取れない」と思っていたとして、八代高校の投手が足の痛みに耐えながら投球を続けている姿は、周囲からみても明らかなのです。
公認野球規則5.12(b)
審判員が〝タイム〟を宣告すれば、ボールデッドとなる。
次の場合、球審はタイムを宣告しなければならない。
(3) 突発事故により、プレーヤーがプレイできなくなるか、あるいは審判員がその職務を果たせなくなった場合。
このような場合、この通り、球審は自らタイムを宣告しなければならないことになっています。
実際、翔陽高校の投手がペットボトルを持ってマウンドに駆け寄ったときに、二塁塁審も投手のところに行っています。
投手はだいぶ足が痛そうです。審判員はベンチの選手や監督、医務室にいる医師を呼ぶなどしようとしなかったのでしょうか。特に医師は、審判員に呼ばれなければ自らグラウンドに入ることもできません。
公認野球規則4.07(a)
試合中は、ユニフォームを着たプレーヤーおよびコーチ、監督、ホームチームによって公認されている報道写真班、審判員、制服を着た警官、ならびにホームチームの警備員、その他の従業員のほかは、競技場内に入ってはならない。
公認野球規則8.01(b)
…審判員は、プレーヤー、コーチ、監督のみならず、クラブ役職員、従業員でも、本規則の施行上、必要があるときには、その所定の任務を行なわせ、支障のあるときには、その行動を差し控えさせることを命ずる権限と、規則違反があれば、規定のペナルティを科す権限とを持つ。
気持ちで持ちこたえることをよしとしていいのか
バーチャル高校野球で中継の映像を確認することができました。
このシーンで、解説を担当した方からは、決して悪気はないのでしょうが、
「足はつってる状況だけども、ここはあと二つアウトを重ねて」
「エースである以上は気持ちで投げぬいてほしい」
「代わりはいないんだと監督も言ってましたら、痛くないふりして頑張ってほしい」
といった言葉が出ていました。
足がつっている状況は、熱中症の初期症状です。しかも投手の体には投球のたびに大きな負荷がかかることもわかっているはず。
こういった発言は配慮に欠けるように感じました。
悪意ある相手選手がドーピングをさせる可能性
「美談」と言われている中でこんな話をするのは少々気が引けるのですが、相手チームから飲み物をもらうことに関する危険性も、スポーツ選手ならば考えないといけないところです。
すなわち、給水のためといって持ってきてくれた飲み物の中に薬物を混入させている可能性です。(もちろん翔陽高校の選手にそんな意図はないと信じています)
実際に、こういうことが日本国内で起こっています。
日本カヌー連盟や日本アンチ・ドーピング機構(JADA)によれば17年9月11日、石川県小松市で開催された日本選手権のカヤック200メートル(シングル)決勝レース前、小松正治選手(25)が置いていた飲料水のボトルに、鈴木康大選手(32)が禁止薬物の筋肉増強剤を混入させた。同レースで1位となった小松選手はそれを飲んで競技後のドーピング検査で陽性反応を示して失格となり、暫定的な資格停止処分を受けた。
(中略)
自分が見ていない場所で開封された飲食物を口にしてはいけない。ファンからのプレゼントだって食べ物や飲み物は自分では受け取らないなどは、五輪を目指すアスリートにとっての常識。人から渡された飲み物を飲まないとか、自分のドリンクボトルから目を離さないことなどは基本的な心構えだ。万が一でも禁止薬物が体内に入ってしまえば、よほど運がよくない限りは処分を受けることになる。
ことによっては美談どころではなくなる話です。こういうことを防ぐためにも、給水が必要だったのなら、味方チームが行うべきだったと私は考えます。
高校野球に携わる大人たちに考えてもらいたいこと
選手の健康や安全を第一に考えてください。
プレーヤーがプレイできなくなっている状況では、タイムを取っても、守備のタイム・攻撃のタイムの1回分には数えないことを審判員は周知すべきだし、むしろ審判員が自らタイムをかけて救護すべきです。
根性でスポーツをする時代ではありません。根性で暑さは耐えられないことは分かっているはずです。痛みに耐える姿を美化するのは間違っています。痛がっているなら助けるべきだし、まともにプレイできないなら、速やかに交代させないと取り返しがつかないことになってしまう可能性もあります。