審判員は「謝ったら負け」と思われているのか、よく、「誤審を認めず…」といった新聞記事の見出しを目にすることがあります。
今回は、ミスを認めた審判員についての話です。
プレイの状況
2022年3月20日、センバツ高校野球の敦賀気比対広陵戦で、4回裏、広陵無死一塁の場面です。
打者は送りバント。打球は一塁線上に絶妙の転がり方をしています。グラウンドは荒れていて、ボールが止まってしまいました。球審はフェアの判定。しかし、内野内にいる二塁塁審は、球審がフェアを判定する前に一塁走者に向かってファウルボールのジェスチャーをしていました。
打球を処理した一塁手は一塁に送球し、打者走者はアウト。ファウルボールだと思って一塁に戻ろうとした一塁走者はプレイが続いていることに驚き、慌てて二塁に走りますが、触球されてアウトになりました。送りバント失敗の上に併殺、二死走者なしの状況です。
審判団が集まって確認を行い、球審はマイクを使って、
「私たちの間違いです。走者を二塁に進めてワンアウト二塁で再開します。大変申し訳ありません」
と、このプレイの処置を変えました。
このプレイでの審判団の誤りとは
二塁塁審が打球判定をしてしまったことです。
通常、本塁から一・三塁までの打球判定は球審の責任になります。球審は、一塁手が打球に触れた瞬間にフェアの判定をしていて、これが正しい打球判定です。しかし、二塁塁審は、打者走者のリアクションなどから判断してファウルだと思い、無駄に一塁走者を走らせまいと、"良かれと思って"早々にファウルのジェスチャーをしてしまいました。
ちなみに、この場合のフェア/ファウルの判定は球審が行うのですが、もしファウルボールだった場合、ボールデッドは審判員全員がボールデッドのジェスチャーをしますので、この状況下で二塁塁審が両手を挙げること自体はあり得ることです。そのため、一塁走者も疑いなく走塁を止めました。
球審の対応は見事!
NHKの実況によると、広陵高校ベンチから伝令が出て球審に確認を求め、それを受けてなのか自ら進んでなのか、球審は、塁審3人を集めて状況の確認を始めました。
この場合の適用規則は、まず、8.03(c)です。
公認野球規則8.03(c)
一つのプレイに対して、2人以上の審判員が裁定を下し、しかもその裁定が食い違っていた場合には、球審は審判員を集めて協議し(監督、プレーヤーをまじえず審判員だけで)、その結果、通常球審(または、このような場合には球審に代わって解決にあたるようにリーグ会長から選任された審判員)が、最適の位置から見たのはどの審判員であったか、またどの審判員の裁定が正しかったかなどを参酌して、どの裁定をとるかを決定する。
そして、(おそらく)8.02(c)の後段を適用したのでしょう。
公認野球規則8.02(c)
…審判員が協議して先に下した裁定を変更する場合、審判員は、走者をどこまで進めるかを含め、すべての処置をする権限を有する。この審判員の裁定に、プレーヤー、監督またはコーチは異議を唱えることはできない。異議を唱えれば、試合から除かれる。
具体的には、二塁塁審のミスがなければプレイがどうなったかを考慮して、「送りバント成功」の裁定とし、一死二塁にしたと考えられます。
そして、「私たち(審判団)の間違い」とアナウンスし、場内全体に謝罪したことが素晴らしいですね。球審は主審ではないのですが、このプレイでの最終的な判定者としてしっかりと説明を行いました。
最後に、審判団にあえて苦言を
さて、球審がマイクを使って謝り、処置も適切だったので「神対応」とされていますが、この状況について、あえて苦言を最後に書くことにします。
このプレイにおける二塁塁審の対応には、いろいろと課題がありました。
もちろん最初の問題点は、打球判定の権限がないのに、早々にファウルだとみなし、一塁走者に誤った情報を伝えてしまったことです。しかし、そのミスは早合点によるものでもあり、甲子園の大舞台で緊張もあったのでしょう、仕方がないとも思えます。
ただ、私はそれ以上に気になっていることがあります。それは、その後のプレイを「ミスがなかったこと」のように流してしまったことです。
二塁塁審は誤って選手に「ボールデッド」と伝えてしまったのですから、ミスを自覚したのなら、挟殺プレイが始まったところで改めて自ら両手を挙げて本当に「ボールデッド」にすればよかったのです。速やかにプレイを止めれば、それ以上のトラブルにはなりませんでした。
しかし、自らのファウルジェスチャーで招いた一塁走者の挟殺プレイをそのまま継続させ、さらには一塁走者のタッグアウトを宣告したのも二塁塁審でした。広陵側から伝令が飛んでくるとか、球審が審判団を集めるとかしなければ、そのまま二死無走者で流すつもりだったのでしょうか。
個人批判のような物の言い様で、当該塁審の方には恐縮ですが、ミスを自覚した審判員は、それ以上のミスにならないように最善を尽くすべきだったのではないかと思います。自戒を込めて。