三塁線に痛烈な打球が飛んだ。三塁手が何とか弾いて止め、一塁に送球したが間に合わず、打者走者は余裕でセーフのタイミングで一塁を駆け抜け、一塁手はそのあと、ベースに足をつけたまま捕球した。 ところが、このとき打者走者は一塁を踏んでおらず、一塁手もそのことに気づいていない…
というのが、今回の考察のシチュエーションです。
あなたが一塁塁審だったら、どう判定しますか。
- アウトを宣告する
- セーフを宣告する
- 何も宣告しない
以下、私なりの見解を述べていきます。少々長くなりますが、お付き合いいただけると幸いです。
- 「アウト」でしょ?と考える人の見解は
- 走者が空過したときのルールもある
- アピールアウトがフォースアウトの形をとる運用はある
- 某所で見解を聞いてみたところ…
- 「野球審判マニュアル第4版」では
- というわけで私の見解は…
「アウト」でしょ?と考える人の見解は
打者が一塁に触れる前に、一塁に触球されたんだから「アウト」を宣告する、で問題ないでしょ?と考える人は当然多いだろうと思います。
公認野球規則5.09(a) 打者アウト
(10) 打者が第3ストライクの宣告を受けた後、またはフェアボールを打った後、一塁に触れる前に、その身体または一塁に触球された場合。
しかし、私はどうしても以下の考えに引っ掛かっています。
走者が空過したときのルールもある
走者が進塁するとき、または逆走するときに塁に触れ損ねた場合のルールは、公認野球規則では5.09(c)アピールプレイとして記載されています。
公認野球規則5.09(c) アピールプレイ
次の場合、アピールがあれば、走者はアウトとなる。
(2) ボールインプレイのとき、走者が進塁または逆走に際して各塁に触れ損ねたとき、その塁を踏み直す前に、身体あるいは触れ損ねた塁に触球された場合。
アピールがあればその走者がアウトになる状況というのは、言い換えれば、アピールがなければその走者はセーフです。当然ながら審判員は「空過を見ている」けれども、「空過があった」ことを示唆するようなそぶりを一切見せてはいけません。また、【原注】には
【5.09c原注】 (前略)アピールは言葉で表現されるか、審判員にアピールとわかる動作によって、その意図が明らかにされなければならない。プレーヤーがボールを手にして塁に何げなく立っても、アピールをしたことにはならない。アピールが行なわれているときは、ボールデッドではない。
と示されています。審判員は、守備側から明確にアピールがない限りは、アウトを宣告できません。
アピールアウトがフォースアウトの形をとる運用はある
この「アピールプレイ」については、次のような運用があります。
公認野球規則5.09(c)後段
…第3アウトが成立した後、ほかにアピールがあり、審判員が、そのアピールを支持した場合には、そのアピールアウトが、そのイニングにおける第3アウトとなる。
また、第3アウトがアピールによって成立した後でも、守備側チームは、このアウトよりもほかに有利なアピールプレイがあれば、その有利となるアピールアウトを選んで、先の第3アウトと置きかえることができる。
〝守備側チームのプレーヤーが競技場を去る〟とあるのは、投手および内野手が、ベンチまたはクラブハウスに向かうために、フェア地域を離れたことを意味する。
(中略)
【問3】 2アウト走者二塁のとき、打者が三塁打を打ち、走者を得点させたが、打者は一塁も二塁も踏まなかった。守備側は二塁に触球してアピールし、アウトが宣告された。得点となるか。
【答】 得点は認められる。しかし守備側が最初から一塁でアピールしておけば、得点は認められない。また二塁から一塁に転送球して再びアピールすれば、一塁でのアピールアウトを、先の第3アウトと置きかえることができるから、得点とはならない。
「ほかに有利なアピールプレイ」というのは、端的に言えば、【問3】と【答】に書かれているような、攻撃側の得点を取り消せるアウトのことです。具体的には、5.08【例外】に当たるアウトです。
公認野球規則5.08 得点の記録【例外】
第3アウトが次のような場合には、そのアウトにいたるプレイ中に、走者(1、2にあたる場合は全走者、3にあたる場合は後位の走者)が本塁に進んでも、得点は記録されない。
(1) 打者走者が一塁に触れる前にアウトにされたとき。(5.09a、6.03a参照)
(2) 走者がフォースアウトされたとき。(5.09b6参照)
(3) 前位の走者が塁に触れ損ねてアウトにされたとき。(5.09c1・2、同d参照)
話が回りくどくなりましたが、つまりは、ルール上、アピールプレイが「打者走者の一塁到達前のアウト」や「フォースアウト」となることは認められているということです。
以上から、冒頭の事例で、走者の一塁到達の方が先であったのなら、このプレイは一塁空過によるアピールプレイとして対応できるというのが、私の考えです。よって、2「セーフを宣告する」か、3「何も宣告しない」になるのではないかと思っています。
しかし、打者走者の触塁より先に一塁に触球していることは事実。心情的に「セーフ」の宣告はできないです。
というわけで、私は、 3「何も宣告しない」 になると考えました。
某所で見解を聞いてみたところ…
私が野球ルールの勉強で参加させてもらっている某所で、この事例について皆さんの見解を見解を聞いてみました。多くの見解が得られましたが、主な意見は、1 「アウトを宣告する」か 3「何も宣告しない」の2つに分かれた印象でした。
そこで頂いたコメントで、「野球審判マニュアル第4版」(2020年5月)に記述があるということを教えてもらいました。
「野球審判マニュアル第4版」では
Ⅴ 試合の進行 37. 打者走者が一塁ベースを踏まないで通り越したちときのアンパイアリング にこの件の関連が書かれているとのことで、確認してみると、以下の記述がありました。
例題:
打者が内野ゴロを打ち、打者走者は一塁手が野手からの送球を捕球する前に一塁ベ ースを駆け抜けていた。しかし、このとき打者走者は一塁ベースを踏んでいなかった。アンパイアリングはどうすべきか? 何もしないのか? それともセーフのジェスチヤーを出すのか?
MLBのアンパイア・マニュアルでは、「審判員の正しいメカニクスとしては打者走者の足が早かったのでセーフをコールする。守備側が、打者走者が一塁に戻る前に、走者または塁に触球してアピールすれば、打者走者はアウトが宣告される。」とある。
しかし、日本では、ベースを踏んでないのにセーフを出すのは抵抗があるし、かえってセーフを出すことで混乱を招きかねないので、何もせずにその後のアクションで判定することにしている。本塁での触塁もなし、触球もなしというプレイと同じ取り扱いをする。
なお、このケースは、打者走者が一塁ベースを踏まずに通り越し、一塁手もベースに触れていない場合に起こる。打者走者が一塁ベースを踏まずに通り越した状態で、一塁手がベースに触れ捕球すれば、打者走者はアウトになることはいうまでもない。
読んでみて改めた分かったことですが、確かに塁の駆け抜けは、一塁と本塁でのみ認められているので、こんなことが起こるのは一塁と本塁だけですね。
MLBのアンパイア・マニュアルは私の感覚と一致していたようです。また、その後にある記述で、アメリカと日本で同じ野球なのに運用が異なるということには若干の疑問を感じつつも、心情的に「セーフ」のコールはしづらいというところには共感できました。
しかし、最後の「なお」書きは気になりました。
「このケースは、打者走者が一塁ベースを踏まずに通り越し、一塁手もベースに触れていない場合に起こる。」については、そんなことはないと思いました。一塁手がベースに触れていないのなら、「セーフ、オフ・ザ・バッグ」でいいじゃないですか。
野球において、走者に宣告する「セーフ」は「アウトではない」という意味に過ぎず、「セーフ」がすぐ「アウト」に代わることは起こりえます。また、オフ・ザ・バッグの後に走者の一塁空過をアピールして「アウト」が宣告されれば、打者走者の一塁到達前の運用も問題なく行えます。
一塁に触球できていたら打者走者アウトは「いうまでもない」?そんなことはないでしょう。ならばこんなに悩むことはないはずです。正直言ってこれまで述べてきたことをひっくり返す記述であり、「いうまでもない」という表現には正直言って納得できませんでした。
というわけで私の見解は…
改めてになりますが、私は、 3「何も宣告しない」 になると考えました。
打者走者の一塁到達(触れていないけれど)の方が先。空過しているからアピールプレイで、明確にアピールがない限り「アウト」は宣告できない。しかし、打者走者の触塁より先に一塁に触球していることも事実。心情的に「セーフ」の宣告もできないです。
もちろん、5.09a10を適用して、「アウト」を宣告することにも理解はできますし、MLBのように走者の身体が半分以上通過したかどうかで「アウト」、または「セーフ」を宣告してアピールを待つという方法も理解できます。
結局、背景のルールを考えると、どれが起こっても不思議ではないということになります。明確な結論とはなりませんでしたが、私の中ではある程度納得ができました。しかし、MLBのように日本としてきちんと統一見解を得たいですね。
注:今回の記事の内容は、私、numの独自の考察です。公式の見解は各野球団体にお問い合わせください。