2024年4月20日、「Jリーグが脳震盪による交代の競技規則改正へ」というニュースを目にしました。
どうやらサッカー競技規則2024/25の中に正式に脳震盪の疑いによる交代が盛り込まれ、このルールが永続的に認められるようになるようです。
改めて脳震盪の疑いによる交代のルールについて経過をまとめ、多くの皆さんにこのルールについての理解を深めてもらえればと思います。選手の「命」(選手生命だけでなく、それ以上に選手自身の命)を守るためのルールだと理解してもらえればと思います。
- サッカーにおける脳震盪への対応
- 「脳震盪の疑いによる交代ルール」導入の経過
- 競技中、選手に脳振盪の疑いが生じた場合の対応【サッカー日本代表、Jリーグ対象】
- 脳震盪の疑いで交代したら、そのあとどうなる?
- 事例:2024J1リーグ 第5節 名古屋vs横浜FM 36分
サッカーにおける脳震盪への対応
サッカーは1個のボールをめぐって、足や頭を使って激しく争うスポーツです。そのため、選手同士で頭と頭や、膝、肘などがぶつかったり、近くで蹴られたボール、ゴールポスト、地面に激突したりすることがあります。頭に直接的に衝撃があった場合でなくても、たとえば下あごを蹴られて頭が強く揺らされて脳震盪になることも考えられます。脳震盪は、場合によっては生命の危険があり、絶対にプレーを継続させるべきではありません。
FIFA(国際サッカー連盟)では、2014年9月の理事会で、選手の安全を守るため、競技中、脳振盪の疑いが生じた選手への対応について、対応施策を決定しました。
日本ではJFA(日本サッカー協会)では2012年3月1日に、日本サッカー協会スポーツ医学委員会(当時)が「Jリーグにおける脳振盪に対する指針」を作成しましたが、2014年11月17日、「サッカーにおける脳振盪に対する指針」として再作成しました。
その後、2016年2月18日にJFA理事会にて、「競技中、選手に脳振盪の疑いが生じた場合の対応」が決定されました。
「脳震盪の疑いによる交代ルール」導入の経過
2020年12月16日、IFABは年次総会で、実施を希望するすべての大会に対して、「脳震盪による追加交代」の試行的導入を承認しました。このとき示されたルール案は2つで、各大会は、A案かB案のどちらかを選んで実施することができる、とされています。
2021年シーズンからJリーグで試行している「脳振盪による交代」は、A案で行われています。
試行ルール A案
- 各チームに「脳震盪による交代」1人
- 相手チームに交代枠の追加なし
〈原則〉
- 1試合において、各チーム最大2人の「脳振盪による交代」を使うことができる
- 「脳振盪による交代」は、その前に何人の交代が行われているにかかわらず、行うことができる
- 氏名を届け出る交代要員の数が、交代の最大数と同じである競技会においては、既に交代で退いた競技者であっても「脳振盪による交代」に基づき、交代で競技者になることができる。
〈手続き〉
- 交代の手続きは、第3条 競技者 に従って行われる(ただし、以下に別段の定めがある場合を除く)。
- 「脳震盪による交代」は次のように行うことができる。
- 脳震盪が発生した直後、または疑われた直後
- フィールド上での診断後、またはフィールド外での診断後、
- (競技者が、その時より前に診断を受け、競技のフィールドに戻った場合を含め)それ以外で脳振盪を受傷した、または疑われるときはいつでも
- チームが「脳振盪による交代」を行うこととした場合、できることならば、異なる色の交代カード/様式を用いて主審/第4の審判員に知らせる。
- 負傷した競技者は、試合(PK戦を含む)に参加してはならず、更衣室や医療施設に関係者に付き添われて行かなければならない。
〈交代の回数〉
- 「脳振盪による交代」は、「通常の」交代の回数の制限とは別に取り扱われる。
- チームが「脳振盪による交代」を「通常の」交代に合わせて行った場合、1回の「通常の」交代としてカウントされる。
- チームが「通常の」交代の回数をすべて使用した後は、「脳震盪による交代」の機会を使用して「通常の」交代を行うことはできない。
試行ルール B案
- 各チームに「脳震盪による交代」2人
- 相手チームに交代枠の追加あり
〈原則〉
- 1試合において、各チーム最大2人の「脳振盪による交代」を使うことができる
- 「脳振盪による交代」は、その前に何人の交代が行われているにかかわらず、行うことができる
- 氏名を届け出る交代要員の数が、交代の最大数と同じである競技会においては、既に交代で退いた競技者であっても「脳振盪による交代」および相手チームの「脳振盪による交代」に関連する「追加の」交代に基づき、交代で競技者になることができる。
- 「脳振盪による交代」が使用されたならば、相手チームは、(脳振盪に限らず)どんな理由であっても交代を「追加して」行うことができる。
〈手続き〉
- 交代の手続きは、第3条 競技者 に従って行われる(ただし、以下に別段の定めがある場合を除く)。
- 「脳震盪による交代」は次のように行うことができる。
- 脳震盪が発生した直後、または疑われた直後
- フィールド上での診断後、またはフィールド外での診断後、
- (競技者が、その時より前に診断を受け、競技のフィールドに戻った場合を含め)それ以外で脳振盪を受傷した、または疑われるときはいつでも
- チームが「脳振盪による交代」を行うこととした場合、できることならば、異なる色の交代カード/様式を用いて主審/第4の審判員に知らせる。
- 負傷した競技者は、試合(PK戦を含む)に参加してはならず、更衣室や医療施設に関係者に付き添われて行かなければならない。
- 主審や第4の審判員は、相手チームに交代の回数が「追加」されたことを通知する。
- 相手チームは、この追加された交代を、「脳振盪による交代」と同時でも、その後いつであっても使うことができる(競技規則に別途示される場合を除く)。
〈交代の回数〉
- 「脳振盪による交代」は、「通常の」交代の回数の制限とは別に取り扱われる。
- チームが「脳振盪による交代」を「通常の」交代に合わせて行った場合、1回の「通常の」交代としてカウントされる。
- チームが「通常の」交代の回数をすべて使用した後は、「脳震盪による交代」の機会を使用して「通常の」交代を行うことはできない。
競技中、選手に脳振盪の疑いが生じた場合の対応【サッカー日本代表、Jリーグ対象】
以下は、JFAの公式サイトから引用した対応手順です。2024年4月現在、サッカー日本代表およびJリーグではこの手順に基づいて対応が行われています。
- ①競技中、選手が頭頸部を強く打ったと主審が判断した場合、主審はすみやかに当該選手のチームドクターをピッチ内に呼び、チームドクターは脳振盪が疑われるか判断をする。主審の判断、またはチームドクターからの要請を受けた主審により、ハードボードの担架を適宜ピッチに入れる。
- ②チームドクターは、当該選手に脳振盪の疑いがある場合、自分の拳を頭の上に乗せ、主審に「脳振盪の診断を始める」旨伝える。
- ③それにともない、主審は時計の計測を始め、最長3分間を診断の時間として認める。
- ④チームドクターは、脳振盪評価用紙(Pocket SCAT2)等を使用するなどし、適切な判断を行う。
- ⑤脳振盪が疑われなかった場合にはその時点で試合再開とする。3分間を超えても判断できなかった場合、主審は当該選手を一旦ピッチ外に出し、プレーを再開させ、チームドクターは引き続きピッチ外で判断を行う。
- ⑥主審は、チームドクターの許可がある場合に限り、選手が競技に復帰することを認める。
- ⑦主審は、脳振盪の判断のために使用された時間を把握し、その時間を通常のアディショナルタイムに追加する。
- ⑧脳振盪の疑いがあると判断された場合は、脳振盪の追加の交代枠を使用し、選手を1名まで交代できる。(2021年シーズンより)
試合を観戦するファン/サポーター目線で要点をまとめると、こんな感じでしょうか。
- 選手が頭頸部を強く打ったと主審が判断したら、主審はチームドクターをピッチ内に呼ぶ。
- チームドクターは、当該選手に脳振盪の疑いがある場合、主審に「脳振盪の診断を始める」旨伝える。
- 主審は、最長3分間を診断の時間として認め、チームドクターはピッチ内で判断を行う。
- 脳振盪が疑われなかった場合は、試合再開。
- 3分間を超えても判断できなかった場合は、主審は当該選手を一旦ピッチ外に出して、チームドクターは診断を継続する。
- 脳振盪の判断のために使用された時間は、アディショナルタイムに追加する。
- 脳振盪の疑いがあると判断された場合は、脳振盪の追加の交代枠を使用して、通常の交代枠とは別に1名まで交代できる。
「Jリーグジャッジリプレイ」では、2022年第10回で、C大阪対磐田戦を事例に、脳震盪の疑いによる交代について解説がありました。
この回で家本政明氏は、「IFAB(国際サッカー評議会)から、主審は、脳震盪かどうかの判断については完全にチームドクターに委ね、交代かどうかの判断に関わるな、と明確に謳われている。チームドクターが脳震盪あるいはその疑いがあると判断された場合は、オートマチックに、脳震盪による別枠での交代を認めることになっている」と説明しています。
脳震盪の疑いで交代したら、そのあとどうなる?
立ち上がれない、動けないといった深刻な状態であれば、速やかに救急搬送されるでしょう。しかし、立ち上がれて会話もできて、意思疎通が図れているようにも見え、歩いて退くこともできるような場合、「本当に脳震盪の疑いがあるの?交代させたいからチームドクターが大げさに言っているだけでは?」などと心無い言葉がSNS上に投稿されたのを目にしたこともあります。
日本国内の試合に限った説明にはなりますが、脳震盪の疑いによって交代した選手は、JFAが定める復帰プログラムのプロセスを経て復帰することとなっています。この復帰プロセスは、各ステージには最低1日を費やすこととなっていて、試合復帰(ステージ6)には最低5日かかることになります。
事例:2024J1リーグ 第5節 名古屋vs横浜FM 36分
2024年3月30日のJ1リーグ 名古屋対横浜FM戦で、ゴール前の混戦でハチャンレ選手が転倒、その際、地面に頭を打ったのか映像からは確認できませんが、すぐに立ち上がることができず、主審がチームドクターを呼びました。
このときの交代に要した時間が3分ほどかかり、他にも前半に負傷交代があったこともあって、この試合での前半のアディショナルタイムは7分に及びました。
後半、横浜FMが選手交代をしようとしたところで選手が負傷のためピッチを退き、急遽交代選手を変更するためか、交代手続きをやり直すこととなり、その結果、直ちに交代することが認められなかった事象がありました。SNSでは「名古屋の負傷交代では時間をかけて交代も認められたのに、横浜の交代が認められずに試合再開されたことは不公平だ」という主張がみられました。
しかし、公式記録によると、「脳震盪の疑いによる交代」となっています。ここまで開設した通り、脳震盪の疑いがあるかどうかを確認するために、主審は最長3分間を診断の時間として認めることになっていますから、ハチャンレ選手の交代に時間を要したのはルールに則った対応であるといえます。
【公式】名古屋vs横浜FMの試合結果・データ(明治安田J1リーグ:2024年3月30日):Jリーグ公式サイト(J.LEAGUE.jp)
ただし、DAZNの中継では、ハチャンレ選手の交代を実況及び解説が「脳震盪の疑いによる交代」とは認識しておらず、また、場内でも十分に周知されていなかったようです。脳震盪の疑いによる交代であることの周知の仕方には課題が残ったといえる事象であると考えます。