
ワールドカップ2026のグループF最終戦、日本対スウェーデンは1-1の引き分けに終わり、日本は2位で決勝トーナメント進出を決めました。
試合全体を通じて、日本にとって不利に感じられる判定や対応が積み重なり、「審判がおかしい」「スウェーデン寄りだ」という声が多く上がりました。この記事ではその中でも特にルール上の論点が明確な2つの場面、中村敬斗選手のソックス問題と終盤のスウェーデンの交代マネジメントを取り上げて整理します。
この2つは、見た目の印象こそ似ていますが、ルール上の位置づけはまったく異なります。順番に確認していきます。
なぜピッチを離れたのか——中村敬斗のソックス問題
まず、何が「違反」になるのか(競技規則第4条)
サッカーの競技規則第4条は「競技者の用具」を定めた条文です。すね当て(シンガード)については次のように定められています。
競技規則 第4条(競技者の用具)
すね当て-それ相当に保護することができる適切な大きさと材質でできていて、ソックスで覆われていなければならない。競技者は、すね当ての大きさと適切さに責任を負う。
中村選手は普段から、足がつるのを防ぐためにソックスを低く下げてプレーするスタイルで知られています。主審は、すね当てがソックスで十分覆われておらず、競技規則で求められる用具の状態になっていないとして、是正が必要と判断したものと推測します。
では、主審はどう対応できるのか(競技規則第5条)
主審の権限を定めた第5条では、用具に不備がある選手に対し、必要に応じてピッチ外で是正させることが認められています。鼻血を出した選手が治療のためピッチを離れるケースや、シャツが破れた選手が着替えのためピッチを離れるケースと同じ種類の措置です。中村選手が一時的にピッチを離れ、ロングソックスに履き替えて戻ってきたのは、この手続きにあたります。
また、主審がいつこの指示を出すかについて、競技規則は「次にアウトオブプレー(ボールが止まりプレーが切れた状態)になったとき」に行う旨を定めています。つまり主審はプレーを強制的に止めて対応する義務はなく、次のアウトオブプレーのタイミングまで待つことができます。もっとも、どのアウトオブプレーの時点で是正を命じるかまでは競技規則は定めておらず、その判断は主審に委ねられています。
何が起きていたのか——時系列の整理
公式中継映像と現地カメラマンの記録から、次の経緯が確認できています。
主審は、前半から中村選手のソックスについて繰り返し指摘していました。前半の給水タイム(ハイドレーションブレーク)では、中村選手がスタッフからハサミを受け取り、自らソックスを切っていた様子が現地カメラマンの写真に残っています。田中碧選手も同様にソックスを調整していました。前半終了直後には、中村選手と主審が直接話している場面も記録されています。
後半立ち上がりには第4審(第4の審判員)が森保監督に注意する場面もありました。
そして55分14秒、前田大然選手の先制ゴール。ゴール後のアウトオブプレーの間に、主審が中村選手のソックスについて指摘し、ピッチを離れるよう指示したとみられます。56分30秒ごろに先制後のキックオフが始まった時点で、中村選手はすでにピッチにいませんでした。58分26秒、ロングソックスに履き替えた中村選手がピッチに復帰します。ピッチの外にいた時間は約2分です。
「試合前に言われなかった」という批判をどう考えるか
日本サッカー協会の宮本恒靖会長は、試合前の用具チェックで指摘されなかったものが試合中に主審から指摘されたとして、疑問を呈したと報じられています。
ここで押さえておきたい事実があります。現地カメラマンの写真から、中村選手が試合中に自らハサミでソックスを切っていたことが確認されています。
試合前チェックを通過していたとしても、選手が自ら用具を加工し、前半から繰り返し指摘を受けていたにもかかわらず状況が解消されなかった経緯がある以上、その点だけを根拠に今回の対応を評価することは難しいでしょう。主審の対応は、競技規則上は筋の通ったものでした。
もちろん、試合前チェックの運用そのものに改善の余地があるかどうかは別の論点です。
それでも残る違和感はどこにあるか
ただし、違和感がまったく残らないわけではありません。
前述のとおり、主審は次のアウトオブプレーまで待つことができます。前半から繰り返し指摘してきた問題を、よりによって日本が先制した直後のゴール後という局面で処理したことが、心理的な引っかかりを生んだのは確かでしょう。
これは「ルール違反」や「誤審」とは異なる種類の問題です。規則の枠内で主審がいつ対応するかを選んだ結果であり、そのタイミングの妥当性は規則の正誤とは別の次元の話になります。
なぜ交代できたのか——スウェーデンの交代マネジメント
何が起きていたのか
試合終盤、スウェーデンの負傷対応から交代手続きが続く中、DAZNで解説を務めた内田篤人氏が「なぜ、選手交代できるんですかね?」と疑問を口にしました。この発言は、ルールへの疑問というより、一連の交代手続き全体に向けられたものとみられます。
公式中継映像から確認できた経緯は次のとおりです。
85分24秒、スウェーデンのDFリンデロフが自陣で足をつり、GKともう一人の選手がその場で足を伸ばして治療を始めました。主審がリンデロフの状態を確認後、ベンチに向かってホイッスルで担架を要請し、ベンチ方向に走りました。スウェーデンのメディカルスタッフが治療に入り、86分15秒ごろには別の選手がコーチから指示を受けている様子も見られました。
内田氏はこの場面について「メンバー交代について考える時間が欲しいので、(主審から)出なさいって言われてますけど、今時間をかけてますね」と解説しています。
86分38秒、第4審が交代ボードの準備を開始。86分42秒に一度「9番アウト・22番イン」を掲げたところで、コーチに止められて内容が変更されました。86分54秒、「3番アウト・15番イン」が掲示され、86分57秒にリンデロフがメディカルスタッフとともにゴール脇から退出、15番がピッチに入りました。映像と内田氏の解説から、主審はリンデロフに退出を促していたとみられます。
「10秒ルール」の射程はどこまでか
ここで関係しそうに見えるのが、今大会から適用されている交代の新ルールです。交代のボードが出て交代手続きが始まったあと、ピッチを離れる選手が10秒以内に出ていかないと、入る選手がその後1分間待たされる、というものです。
ただ、このルールが働くのは「交代手続きが始まってから」という点に注意が必要です。
85分のリンデロフの場面は、交代手続きが始まる前の、負傷の治療という局面です。交代のボードが出たのは86分54秒であり、このルールが関わってくるのはそこからです。映像では86分54秒の掲示から86分57秒の退出まで約3秒であり、映像で確認できた3→15の交代では、ルールは遵守されていました。85分から87分にかけて治療で時間を使った部分は、このルールの対象外です。
「時間を使う行為」はルール違反か
では、治療で時間を使う行為そのものはどうでしょうか。
負傷した選手がいつピッチを離れるかという問題と、交代できるかどうかは別の問題です。交代そのものを禁止するルールはありません。
ただし、「完全にルール上問題なし」と言い切るのも正確ではありません。プレーの再開を必要以上に遅らせたと主審が判断した場合、警告の対象になりうるからです。白でも黒でもなく、主審が遅延行為とみなして警告を出すこともできた、グレーな領域と整理するのが実態に近いでしょう。
映像では、一度掲げた交代内容をコーチが止めて変更しており、治療中に交代内容を整理していたことがうかがえます。内田氏の解説とも一致しています。プレーをいつ再開させるかの主導権は主審にあり、どこまで踏み込むかは試合運営上の判断にゆだねられています。
それでも残る違和感はどこにあるか
主審はより強く退出を促すこともできましたし、状況によっては遅延行為として警告を出す選択肢もありました。それをしなかったことが「時間を使う行為を許した」という印象につながったのは理解できます。
ただ、これは「交代が許されたこと」自体の問題ではありません。交代はルール上問題なく成立しており、引っかかりが残るとすれば、時間を使う行為に対して主審がどこまで踏み込むかという、試合運営上の踏み込み方の部分です。
ルールの文言には反していなくても、その趣旨との関係では議論の余地がある場面だったと見る人もいるでしょう。
「おかしい」は同じでも、種類が違う
ここまで見てきた2つの場面は、「日本にとって不利に見えた」「審判の判断に納得がいかない」という感情の面ではよく似ています。だからこそひとまとめに「スウェーデン寄り」と語られがちです。
しかし、ルール上の位置づけは異なります。ソックスのケースは中村選手の側に用具上の問題があり、主審の対応は規則に沿ったものでした。引っかかりが残るとすれば「いつ対応したか」というタイミングの問題です。交代のケースはスウェーデンの交代自体はルール上成立しており、問題があるとすれば「遅延に対して主審がどこまで踏み込むか」という線引きの問題でした。
同じ「おかしい」でも、中身はまったく別物です。どちらも「ルール違反」や「誤審」とは異なる種類の問題であり、規則が定めていない部分での主審の判断をどう評価するかという話です。その評価は十分議論されてよいと思いますが、「ルール違反だ」「誤審だ」という話とは、はっきり分けて語られるべきものです。
なお、日本国内では批判的な声が多く上がりましたが、海外の審判専門コミュニティでの評価は異なりました。ファウル基準の不一致を指摘する声がある一方、全体としては安定したパフォーマンスだったという評価が多く見られました。審判専門コミュニティは規則適用の技術面を中心に評価する立場であり、ファンが抱く試合運営への違和感とは評価軸が異なりますが、日本国内で語られているほど一方的に「スウェーデン寄り」と評価されているわけでもありません。
参考文献
- IFAB 競技規則2026/27 第4条「競技者の用具」
- IFAB 競技規則2026/27 第3条「交代」関連規定
- IFAB 競技規則2026/27 第5条「主審」
- Number Web「中村敬斗と田中碧"ソックス異変"の一部始終」(2026年6月26日、松本輝一氏撮影写真・証言)
- 日刊スポーツ「中村敬斗ソックス問題 ルールどうなってる?宮本恒靖会長"再確認したい"」(2026年6月26日)
- ゲキサカ「中村敬斗が異例の"一時退場"」(2026年6月26日)
- Football Tribe Japan「交代ルール守らず!日本代表OB批判!DAZN解説で"審判おかしい""スウェーデン寄り"」(2026年6月26日)
- Law 5 - The Referee(審判専門ブログ)「2026 FIFA World Cup Match 57: Japan - Sweden」(2026年6月26日)