
SNSを見ていると、VAR(Video Assistant Referee)の判定をめぐって様々な反応を目にします。その中には、競技規則やVARプロトコルへの誤解から生まれているものも少なくありません。また、2018年ロシア大会でサッカーにVARが初めて採用されて8年経った今日でも、同様の誤解が繰り返し飛び交っています。
2026/27競技規則改正では、2枚目の警告やコーナーキックの判定など、VARが介入できる場面に新たな変更が加わりました。「変わったこと」への誤解だけでなく、「変わらなかったこと」への誤解も増えると予想しています。
W杯開幕を前に、特に起きやすいと予想されるVARに関する「よくある誤解」を整理しておきます。第1弾の基礎編と合わせてお読みいただくと、より理解が深まります。
▼第1弾はこちら
- 「2枚目の警告」へのVAR介入、1枚目は対象外
- OFRをしても判定が変わらないことがある
- コーナーキックへのVAR介入は大会オプション
- 「VARが介入しなかった」は「確認していない」ではない
- 主審はOFRを「拒否」できるのか
- VARを導入しても、誤審ゼロにはならない
「2枚目の警告」へのVAR介入、1枚目は対象外
改正で追加されたのは「退場」であって「警告」ではない
2026/27競技規則改正により、「明らかに誤った2枚目の警告による退場」が新たにVARの介入対象となりました。
この改正を受けて、SNSではこのような声が出てくると予想しています。
よくある誤解
・イエローカードにもVARが入るようになったんでしょ?
・2枚目にVARが入るなら、1枚目も見直してほしい
どちらも誤解です。順番に整理します。
要約すると、VARが介入できるのは、得点・PK・一発退場・人違いの基本事象に加え、2026/27改正で追加された「明らかに誤った2枚目の警告による退場」や「コーナーキック判定(大会オプション)」に関する「はっきりとした明白な間違い(Clear and Obvious Error)」または「見逃された重大な事象(Serious Missed Incident)」に限られます。「警告(イエローカード)」を出すかどうかの判断自体はVARの介入対象ではありません。この点は今回の改正でも変わっていません。
「イエローにVARが入る」という言い回しが一人歩きしているために、「1枚目の警告にもVARが介入するようになった」という誤解が生まれやすくなっています。今回の改正でVARがチェックするのは、あくまで「2枚目の警告による退場が明らかに誤りであるか」という点のみです。また、2枚目の警告が出るべき場面で出なかった場合もVARの介入対象ではありません。警告を出すかどうかの判断はVARが介入できる事象に含まれないからです。
1枚目の警告は遡って修正されない
もう一つの誤解として、「2枚目が取り消されたなら、1枚目も見直すべき」という声が出やすくなると予想しています。
これも認められません。VARが確認するのは「当該の2枚目の判定」に限られます。仮に1枚目の警告に問題があったとしても、VARが遡って修正することはできません。
累積警告による退場が取り消されたとしても、1枚目の警告は残ります。「1枚目が誤審だったために2枚目で退場になってしまった」という不運なケースであっても、VARが救済できるのは2枚目の判定だけです。
1枚目の警告はVARの対象外です。主審の現場判断がそのまま試合に影響します。1枚目の警告の重みは、2026/27改正後も変わっていません。
▼VAR介入対象の全体については、こちらで解説しています
OFRをしても判定が変わらないことがある
OFRは主審が最終判断を下すプロセスである
主審がレフェリーレビューエリア(RRA)のモニターでリプレイ映像を確認すること、これをオンフィールドレビュー(OFR:On-Field Review)といいます。OFRはVARの介入プロセスのひとつです。
SNSではこのような声をよく見かけます。
よくある誤解
・主審がモニターを見たのに判定を変えないのはおかしい
・VARが誤審だと言っているからOFRになっているのに、主審が判定を変えないなんてことがあるのか
・映像を見ておいて判定を変えないのは、主審に何らかの意図があるからだ
「OFRをした=判定を変える」という前提が誤りです。
OFRは、VARからのレビュー推奨(recommendation)を受けた主審が、自ら映像を確認して最終判断を下すプロセスです。主審は映像を確認した結果として、当初の判定を維持することがあります。OFRおよびレビューのプロセスを正しく完了した結果として、判定が変わらないこともあります。
主審の最終決定権は映像確認後も変わらない
サッカー競技規則 第6条 その他の審判員
その他の審判員は、競技規則に従って試合をコントロールする主審を援助するが、最終決定は、常に主審によって下される。
VARを含むすべての審判員は「主審を援助する」立場です。映像を提供し、情報を共有することはできますが、主審に代わって判定を下すことはできません。
主審がOFRで映像を確認した後に判定を変えなかったとしても、それは「VARが機能しなかった」のではありません。レビューの結果として、主審が当初の判定を妥当と判断したのです。
「主審が映像を見たのに判定を変えないのは、何らかの意図的な操作があるからだ」という声もときどき目にしますが、これは、主審の権限とVARの役割を根本的に誤解しています。VARは主審に「判定の変更」を強制するものではありません。VARは主審が「より正確な情報に基づいて判断を下す」ための仕組みです。「映像を見た=判定を変えなければならない」というルールは存在しないのです。
▼OFRの仕組みについては第1弾でも解説しています
コーナーキックへのVAR介入は大会オプション
介入できるのはCKをGKに訂正する方向のみ
2026/27競技規則改正では、「明らかに誤ってコーナーキックが与えられた場合」もVARの介入対象として追加されました。ただしこの介入は、コーナーキックをゴールキックに訂正する方向のみです。ゴールキックをコーナーキックに訂正することはできません。
この改正を受けて、次のような声が増えることが予想されます。
よくある誤解
・コーナーキックの判定もVARがチェックするんでしょ?なぜ介入しないの?
・明らかにゴールキックなのに、VARが何もしないのはおかしい
「明らかに誤ったCK判定」へのVAR介入は、大会オプションとして追加されたものです。すべての試合・すべての大会に適用されるわけではありません。
大会オプションとは、IFAB(国際サッカー評議会)が定めたルールの中で、各大会・各連盟が適用するかどうかを選択できる仕組みです。FIFA、UEFA、各国リーグなど、大会ごとに適用の有無が異なります。FIFAワールドカップ2026では適用されますが、JリーグやACLで適用されているとは限りません。
「即座に判断できる場合のみ」という制約もある
この大会オプションが採用された場合でも、「即座に確認を完了できる場合に限る」という制約があります。長時間のレビューによって試合を止めることは認められていません。ゴールキックかコーナーキックかという判定は、最後にボールに触れた選手がどちらのチームの選手かという事実の確認であるため、迅速に完了できると判断されています。
VARが遡れる範囲について
VARがどこまで遡って確認できるかについても、誤解が生じやすいポイントです。
VARが「どこまで遡って確認できるか」については、「時間の長さ」ではなく「攻撃フェーズの起点(APP:Attacking Phase of Play)」によって決まります。攻撃フェーズは、ボールがピッチの外に出た時点や、守備側がボールをコントロールした時点でリセットされます。詳しくは以下の記事をご覧ください。
「VARが介入しなかった」は「確認していない」ではない
VARは「はっきりとした明白な間違い」または「見逃された重大な事象」を修正する安全装置として設計されています。VARは判定をすべて最初からやり直す部署ではありません。この前提を踏まえて、「介入しない」という結果が何を意味するかを整理します。
VARは介入対象となりうるプレーをチェックしている
VARが介入しなかった場面について、SNSではこのような声を見かけます。
よくある誤解
・VARが介入しないのはおかしい。見ていないのか?
・VARすら動かないならVARなんか存在する意味がない
VARは試合を通じて、VAR介入対象となりうるプレーを継続的にチェックしています。主審から指示されるのを待っているのではなく、VARが自律的にすべての該当プレーを確認しています。ただし、すべての反則やすべてのプレーをVARが詳細にレビューしているわけではありません。
チェックの結果、「はっきりとした明白な間違い」も「見逃された重大な事象」もないと判断した場合、VARは介入しません。「介入しなかった」ことと「確認しなかった」ことは別のことです。
2026/27改正でVARの介入対象が拡大されたことで、「2枚目の警告もCKもVARが見るようになったのに、なぜVARが介入しないんだ」といった声も出てくるのではないかと想像しています。しかし、「はっきりとした明白な間違い」があると判断されなければ、新たに追加された事象についても介入は行われません。介入対象が拡大されても「VARが介入しない」ことはあります。これはVARが機能していないのではなく、チェックの結果として介入に至らなかったということです。
主審はOFRを「拒否」できるのか
VARによるチェックが行われた場面で、主審がモニターへ向かわず判定も変わらなかったとき、SNSではこのような声が出やすくなります。
よくある誤解
・主審が意固地になってOFRを拒否した
・VARがレビューを勧めたのに主審が断った
・モニターを見に行かないのは自分の判定に固執しているからだ
これらは、OFRがどのように始まるかを誤解しています。
OFRはVARが推奨して初めて始まる
OFRは、VARが「はっきりとした明白な間違い」または「見逃された重大な事象」の可能性があると判断した場合に限り、主審にレビューを推奨することで始まります。実際の運用では、VARからOFRの推奨があれば主審はモニターへ向かいます。主審がモニターに向かわなかった場合は、VARがOFRを推奨しなかったケースということです。
「拒否した」という言葉は、VARからOFRの推奨があったことを前提にしているものと想像しますが、まずはその事象でOFRが推奨されているのかどうかをよく確認する必要があります。
中継映像やスタジアムの表示はOFR推奨とは別物
中継映像やスタジアムの表示に「PK確認中」などの表示が出た場合も、それはVARがチェックを行っていることを示すものであり、OFR推奨が発生したことを意味しません。VARはチェックの結果として介入基準に達しないと判断することがあります。表示が出た=OFRが推奨された、ではないのです。
外からは見えないやり取りが誤解を生む
VARと主審のやり取りは外からは見えません。主審がモニターに向かわずプレーを再開させた場面でも、その前にVARとの通信が行われており、VARがチェックを完了した上で再開されている場合があります。外から見える情報だけで「拒否した」と断定することはできません。
主審が選手に判定の理由を伝えている場面が「自分の判定に固執している」などと受け止められることもありますが、これは主審が自分の見えた事象をもとに選手へ説明しているコミュニケーションです。
VARを導入しても、誤審ゼロにはならない
VARを導入しても、すべての判定が完璧になるわけではありません。この点については3つの理由があります。
第1に、VARが介入できる事象は限られています。イエローカード、ゴールキックかコーナーキックかの判定(大会オプション非採用の場合)、フリーキックの位置など、VARが介入対象としていない事象は多くあります。
第2に、介入対象の事象であっても、「はっきりとした明白な間違い」でも「見逃された重大な事象」でもないと判断された場合、VARは介入しません。際どい判断や主審の裁量の範囲内の判定がこれにあたります。
第3に、映像でも確認できない事象があります。J1リーグでは12台のカメラ映像を使ってプレーを確認しますが、すべての角度・すべての距離からプレーを確認できるわけではありません。映像で確認できなければ、VARは介入の判断自体ができません。
VARは「試合結果を左右するような『はっきりとした明白な間違い』や『見逃された重大な事象』をなくすこと」を目的とした仕組みです。「VARを導入すれば誤審ゼロになる」という期待は、VARの設計思想とは異なります。
多くの大会でVAR導入後の重大な判定ミスの減少が報告されています。それでもVARは完璧なシステムではなく、議論が残ることは避けられません。VARに期待できることと、VARに期待できないことを正しく理解することが、判定をめぐる議論の出発点になります。