numの野球・サッカーのルール解説

野球やサッカーの観戦をしていて、ルールが分からず「今のはなんでこういう判定なの?」と疑問に思うようなプレーに、競技規則から判定の理由についてアプローチします。

どこが誤審に見えたのか——京都vs清水の退場・ハンド疑惑をルールで整理する

今回は、2026年5月2日、明治安田J1百年構想リーグの第14節、京都サンガF.C.vs清水エスパルス戦を取り上げます。試合後、SNSを中心に次の判定への疑問が広がっています。

  • 前半アディショナルタイム、グスタボ・バヘット選手への2枚目の警告と退場
  • 後半、清水DFへのハンド疑惑とVARの非介入

どちらも「おかしい」「誤審では」という声が上がりましたが、実際のところはどうだったのでしょうか。競技規則に照らして整理します。

試合の流れ

前半16分に京都が先制し、1-0で折り返すはずでした。しかし前半終了間際の45+2分、京都DFグスタボ・バヘット選手が2枚目の警告を受けて退場。後半は10人での戦いを強いられます。

後半も京都は粘りましたが、64分に同点、68分に逆転を許し、最終スコアは1-2。試合後、曺貴裁監督は後半に生じたハンド疑惑についても言及し、議論がさらに広がりました。

① 前半AT 45+1:16の退場——2枚目の警告は妥当だったのか

何が起きたのか

京都のCKからのこぼれ球に対して、グスタボ・バヘット選手がオーバーヘッド気味に足を振り上げてボールを狙いました。しかしそのタイミングで清水MF宇野選手が頭でクリア。グスタボ選手の足が宇野選手の顔面に接触しました。

主審は2枚目の警告を提示し、退場を命じました。グスタボ選手にはこの場面より前に1枚目の警告がすでに出ていました。

なぜ警告になるのか——競技規則の考え方

「ボールを狙っていたのに」と感じた方も多いと思います。ただ、競技規則の考え方では、意図そのものよりも結果としてどれだけ危険なプレーになったかが重視されます。

サポーターが言う「正当なチャレンジ」は「ボールを狙っていた」という意味合いで使われることが多いですが、競技規則上の正当なチャレンジには「相手の安全を脅かしていない」ことが条件として含まれます。

ボールを狙っていたこと自体は疑いようがありませんが、密集したペナルティエリア内でオーバーヘッドを選択したこと——そのリスク判断が「無謀」と評価された、ということです。相手競技者の安全を十分に考慮しない無謀なチャレンジとして、警告に値するファウルと評価されます。

1枚目と2枚目で基準が変わることは、規則上ありません。「退場になるから軽くする」という配慮は、競技規則には存在しないのです。

なお、VARが介入しないことに不満を感じている人もいるようですが、2枚目の警告はVARの対象外です。VARが介入できるのは「一発退場かどうか」であり、警告の妥当性はVAR介入の対象になりません。そのことでの審判団批判は筋違いと言えます。

「重すぎる」と感じる理由

それでも「前半終了間際に、ボールを狙ったプレーで退場は重すぎる」と感じる気持ちは、よく分かります。

ただその「重さ」は、プレー自体の評価ではなく、10人になったという結果が試合に与えた影響の大きさから来ているのではないでしょうか。ルールの基準と、それが試合に与えた影響は、別々に考える必要があります。

② 58:23のハンド疑惑——なぜVARは動かなかったのか

何が起きたのか

後半、京都が1-0でリードしていた場面で、エリア内へのクロスに対して清水DFの腕にボールが接触したように見えました。主審はハンドなしと判断し、VARも介入しませんでした。

曺監督は試合後、「VARが入らなかったのは理解できない」とコメント。SNSでは当該事象ほ映像が拡散し、「明らかなハンドでは」という声が広がりました。監督がそう感じるのは京都側の立場として自然な反応です。ただ、その感情とルール上の妥当性は、別々に整理することができます。

「腕に当たった=ハンド」ではない

まず前提として確認しておきたいのですが、「腕に当たった=ハンドの反則」という理解は、現行の競技規則とは一致していません。

現行のハンド判定では、主に次の3点が判断の基準になります。

  • ボールに向かって意図的に手・腕を動かしたか
  • 体を不自然に大きく広げて手・腕でスペースを取っていたか
  • 自分の身体に当たってコースが変わったボールが腕に触れたか

この3点を踏まえたうえで、今回の場面を見ていきます。

静止画だけ見ると「ハンドに見える」理由

DAZNの中継で一時停止された映像(59:00)を見ると、ボールが清水DFの腕に接触している瞬間が映っています。腕がボールの方向に向いているように見え、この1枚だけを切り出せば「ハンドではないか」と感じるのは自然な反応です。

しかしこれは、静止画が持つ構造的な限界です。一瞬の静止画は強い印象を残しますが、判定は連続する動きの中で評価されます。

ノーハンドとなる根拠——膝からのディフレクション

映像をよく見ると、ボールはまず清水DFの膝に当たってコースが変わり、そこから腕に触れています。自分の身体に当たってコースが変わったボールが腕に触れた場合、原則として反則にはなりません。ただし、その時点で腕を不自然に大きく広げていればハンドとなります。今回は腕が閉じる方向に動いており(58:58→59:00の連続した映像で確認できます)、不自然に広げられた状態ではありませんでした。これがノーハンドの根拠です。

主審はなぜノーハンドと判断できたのか

「映像でも判断が難しいのに、主審にどうわかるのか」という疑問もあるかと思います。

この場面、主審の位置取りはプレーの方向に対して適切な角度で見ることができており、膝に当たって腕へ跳ねた、つまりボールの軌道の変化をリプレイ映像の角度よりもはっきり確認できていた可能性が高い。ノーハンドの判断は、リプレイ映像よりはるかに良い角度からプレーを見たうえでの判断だったと考えられます。

VARが介入しなかったのも同じ理由です。VARは映像を確認しながら主審と通信する「サイレントチェック」を行っていましたが、介入不要と判断しました。VARの役割は「明白かつ重大な誤りを修正すること」であり、微妙なシーンを好みの結論に変える道具ではありません。映像上で接触の順序に議論の余地がある場面は、そもそも介入の対象になりません。

まとめ——「納得できない」と「誤審」は別の話

2つの判定を振り返ります。

退場については、競技規則の基準に照らせば妥当な判定です。「重すぎる」という感覚は、プレーの評価ではなく試合への影響の大きさから来ているものだと思います。

ハンド疑惑については、静止画や切り抜き映像では「ハンドに見える」構造がありました。しかし流しの映像と主審の位置取りを踏まえると、膝に当たってコースが変わった後の接触であり、腕も不自然に広がっていなかったことから、ノーハンドと判断されたものと考えられます。誤審とは言えません。

今回の2つの判定に共通しているのは、映像や静止画による「見え方」と、ルールで定められた「判断基準」が一致しないまま受け止められているという点です。

「納得できない」という感情は正直なものです。ただ、その「納得できなさ」がルールの問題から来ているのか、映像の見え方から来ているのかを分けて考えると、少し違って見えてくることがあるかもしれません。

同じ場面に次に出会ったとき、この記事が少しでも判断の手がかりになれば幸いです。

 

▼参考 ちょっと古い記事ですが、ハンド/ノーハンドの判断について参考になれば。

num-11235.hateblo.jp