numの野球・サッカーのルール解説

野球やサッカーの観戦をしていて、ルールが分からず「今のはなんでこういう判定なの?」と疑問に思うようなプレーに、競技規則から判定の理由についてアプローチします。

故意落球とは?ダブルプレイにならないの?―石橋vs聖和学園


2024年8月13日、高校野球2回戦 石橋vs聖和学園で故意落球とする事象が起こりました。

珍しい事象なので、とっさに何が起こったのか分からなかった人や、このプレイで故意落球というルールを初めて知った人、「頭脳プレイ」と評価する人や逆に「ずるいプレイ」として非難する人など、様々な反応があったようです。

また、「インフィールドフライじゃないのか?」という反応もありますが、プレイをよく見てインフィールドフライを指摘している人もいれば、インフィールドフライと故意落球のルールを混同している人もいるようなので、今回はそのあたりも解説してみようと思います。

かなり難しい事象です。審判団は、協議を行って適切な結論を出したと思います。

どんな事象だったのか?

この事象を見事に収めた動画があります。こちらが大変わかりやすいと思います。

5回表 石橋の攻撃、1アウト一・二塁からです。

www.youtube.com

打球がショートに飛びました。遊撃手はグラブでボールに触れてから地面にボールを落とし、拾い直して二塁に送球。さらにボールを持った二塁手が二塁走者を追いかけ、三塁にボールが送球されたところで二塁走者が触球されました。

ダブルプレイにはならないの?

一塁走者は二塁フォースアウト、二塁走者が三塁でタッチアウト(タッグアウト)でダブルプレイ、3アウトチェンジでは?

……という声が聞こえてきそうです。

結論として、このダブルプレイは認められず、打者走者がアウトになって、2アウト一・二塁から再開となりました。

この事象、審判員としてはかなり難しい場面でした。

二塁塁審はインフィールドフライを宣告していた

実は、二塁塁審は遊撃手が捕球する直前から右手を挙げていました。

遊撃手が打球を落とした瞬間。二塁塁審は右手を挙げている

「バーチャル高校野球」の動画でも確認してみたのですが、捕球前から右手を挙げ、落球した直後にセーフのジェスチャーをしていることを考えると、二塁塁審は「インフィールドフライ」を宣告していたと考えられます。

遊撃手がボールを拾い直す瞬間。二塁塁審はセーフ(ノーキャッチ)のジェスチャー

インフィールドフライとは?

インフィールドフライは、公認野球規則「本規則における用語の定義」40で規定されています。条件は次のとおり。

  • アウトカウントが0アウトまたは1アウト
  • 走者が一・二塁または満塁の場面
  • 打者が飛球を打ち上げ(ライナーとバント飛球は該当しない)、
  • 審判員が「内野手が普通の守備行為を行えば、捕球できる」と判断した。

このとき審判員は、捕球されるより前に、上空を指さして「インフィールドフライ!バッター イズ アウト!」と宣告します。

▼インフィールドフライについて詳しくはこちらから

num-11235.hateblo.jp

遊撃手が拾い直した直後から、二塁塁審は「アウト」を"連呼"!

動画で確認すると、二塁塁審は遊撃手が拾い直した直後から繰り返し「アウト」を宣告しているように見えます(多分、「バッターアウト」を宣告していたのでしょう)。

遊撃手はダブルプレイを取る気満々で、二塁に送球して一塁走者をフォースアウト、続けて飛び出している二塁走者をランダウンプレイでアウトにしようと考えていたと思います。

二塁塁審が「インフィールドフライ」を宣告していたとすると、打球がフェアと確定し、しかも野手が飛球を直接捕球できていないので、繰り返し、「(バッター)アウト」を宣告することは必要なことです。

しかし、結果として二塁走者は飛び出し、三塁手前でタッチアウト(タッグアウト)になりました。

この飛球はインフィールドフライだったのか?

確かに、インフィールドフライ宣告の条件がそろっていて、審判員が「内野手が普通の守備行為を行えば、捕球できる」と判断したのなら、それはインフィールドフライのルールの適用となります。

しかし、今回の打球は「フライ」というにはやや浅く、どちらかというとライナーに近い、「ハーフライナー」というべき打球。実際、二塁塁審が「インフィールドフライ」を宣告したタイミングが右手を挙げたときだと考えると、ほぼ捕球する寸前です。

インフィールドフライを宣告する場合は、1人の審判員が宣告した後、他の全ての審判員が同調して宣告し、グラウンド上の全ての選手が「インフィールドフライだ」と認識できるだけの時間的余裕が求められます。

そんなわけで今回は、「今のプレイは、インフィールドフライのルール適用でよかったのか、審判団で協議の必要がある」と考えてタイムがかけられたのだと思います。

三塁塁審から「タイム」が宣告されました

協議の結果、「故意落球」のルールを適用!

「故意落球」のルールは、公認野球規則5.09(a)(12)で定められています。

公認野球規則5.09(a)(12)

 0アウトまたは1アウトで、走者一塁、一・二塁、一・三塁または一・二・三塁のとき、内野手がフェアの飛球またはライナーを故意に落とした場合。(打者はアウトになる。)
 ボールデッドとなって、走者の進塁は認められない。

【規則説明】 内野手が打球に触れないでこれを地上に落としたときには、打者はアウトにならない。ただし、インフィールドフライの規則が適用された場合は、この限りではない。
【注1】 本項は、容易に捕球できるはずの飛球またはライナーを、内野手が地面に触れる前に片手または両手で現実にボールに触れて、故意に落とした場合に適用される。
【注2】 投手、捕手および外野手が、内野で守備した場合は、本項の内野手と同様に扱う。また、あらかじめ外野に位置していた内野手は除く。

故意落球のルールは、インフィールドフライのルールと同様、わざとフライを落として塁上の走者に進塁義務を発生させて併殺を取りにいく行為を、ルール上締め出すために存在します。

二塁塁審はこのプレイでとっさにインフィールドフライを宣告しましたが、インフィールドフライを宣告するのは(時間的に)無理があり、グラウンド上の選手には伝わっていなかったことに加え、遊撃手が(ハーフ)ライナーを、地面に触れる前にグラブで現実にボールに触れて、落としています。

そのため、審判団協議で「遊撃手のプレイはわざとフライを落として塁上の走者に進塁義務を発生させて併殺を取りにいく行為といえるので、故意落球のルールを適用しよう」という判断になったと考えられます。

そこで、二塁塁審は「故意落球、バッターアウト」を宣告し、一塁走者、二塁走者を元の塁に戻しました。そして、

「走者一・二塁、ショート飛球。ショートが故意落球と認め打者走者をアウト。2アウト ランナー 一・二塁から試合を再開します」

という場内アナウンスがなされました。

故意落球は卑怯なのか?

SNS上には、このプレイを受けて様々な意見が挙げられていました。

まず、

  • 「負けてるのに故意落球とか調子乗るな」
  • 「高校球児らしくない」
  • 「正々堂々勝負しろ」

といった意見です。

こういう方々は、全力でボールを捕りに行き、全力で走塁をするような、はつらつとした勢いのあるプレイを高校生に期待するのでしょうが、ご承知のとおり高校野球は負けたら終わりの一発勝負なのですから、負けているからこそ、トリックプレイでチームのピンチを救おうとしたとは考えられないでしょうか。

もっとも、残念ながら今回のプレイはルールで認められておらず、打者走者がアウトになってボールデッドという処置になりましたが、どんな取り方でも、ルールに則ったプレイなら、アウトはアウトです。

わざと落としてダブルプレイを狙いに行くのは「ずるい」というならばそれは適切な指摘ですが、その場合もルールに基づいて処置が定められているので、それ以上野手が非難される必要はありません。

もし遊撃手がフライに触れずに落としたら?

SNS上では規則適用の疑問として、

  • 捕るフリだけして触らなければ故意落球にはならないんだろうか

という質問がありました。

答えは、「そのとおりです!」

打球に触れずに、意図的に落とす行為は「故意落球」のルールの適用になりません。つまり、触れずに落とせば狙ったプレイができます。

実際にプロ野球ではこのようなプレイが起こっていますが、これはルール上認められるトリックプレーです。

www.youtube.com

インフィールドフライが宣告されたときに故意落球が起こったら、どちらが優先?

  • インフィールドフライが宣告されたときに、故意落球となりうるプレイが起こった場合は、どちらの規則が優先するのでしょうか?

という質問もSNS上に挙げられていましたが、非常にいい質問です。

インフィールドフライについて規定している定義40の【原注】に、その答えがあります。

定義40 INFIELD FLY「インフィールドフライ」【原注】

 ……インフィールドフライが宣告されたとき、走者は危険を承知で進塁してもよい。インフィールドフライと宣告された飛球を内野手が故意落球したときは、5.09(a)(12)の規定にもかかわらずボールインプレイである。インフィールドフライの規則が優先する。

この通り、インフィールドフライの規則が適用された場合は、インフィールドフライの規則が優先です。

今回のプレイでは、二塁塁審が先にインフィールドフライを宣告していたので、そのままインフィールドフライのルールを優先させても規則上は間違いではありませんでした。その場合、インフィールドフライで打者走者アウト。その後の二塁送球ではアウトになる走者はいませんが、二塁走者が三塁に向かって飛び出し、三塁手前で触球されたのは有効であり、打者走者と二塁走者がアウトになって3アウトチェンジとなります。

初めから「故意落球」のルール適用ならば、本来はこうだった

最後に、もし、このプレイで初めから「故意落球」のルールを適用していたならば本来はこうでした。

  • ショートへのハーフライナーが飛んだ
     → 二塁塁審は見守る
  • 遊撃手が打球に触れて落とす
     → 二塁塁審は直ちに「タイム!」を宣告、他の審判員も同調してタイムを宣告してプレイを止める
  • 二塁塁審が遊撃手を指差して、「故意落球!」と宣告、打者に向かって「バッターアウト!」
  • 一塁走者と二塁走者を、元の塁に戻す
  • 「ただ今のプレイについて説明します。
    走者一・二塁で、ショートにハーフライナーが飛びました。ショートが打球に触れてボールを落としましたので、故意落球と判断し、打者走者をアウト、2アウトランナー 一・二塁から試合を再開します」

しかし、今回はかなり難しい事象です。私は当該プレイを繰り返し見て冷静な状況でまとめているのであり、審判団はとっさの判断の連続の中、協議を行って適切な結論を出したと思います。