今回は、以下の記事「なぜサッカーの試合で『幻のゴール』が相次いでいるのか…『ビデオ判定』を導入したらジャッジの98%が覆った本当の理由」を読んで感じたことです。
「映像があれば正しくジャッジできる」は幻想である
という、今泉氏の主張には同意します。リプレイ検証をしたって誤審が完全になくなることはありません。
しかし、野球とサッカーでビデオ判定をした結果の判定変更率を比較するのはいかがなものかと思ったのです。
完全に私の個人的な主張になりますので、関心がない方はスルーしていただいて結構です。
- 「野球とサッカーのビデオ判定では判定が覆る確率が大きく異なる」のは当然
- そもそもビデオ判定の制度が違う
- 制度が違うから、ビデオ判定の対象となるプレーの質が違い過ぎる
- ネガティブフレームがあることを否定するものではないが…
「野球とサッカーのビデオ判定では判定が覆る確率が大きく異なる」のは当然
今泉氏は記事の冒頭で、
サッカーのビデオ判定(オンフィールドレビュー)では、主審が映像をみて最終判断を決めます。一方、野球(メジャー)のビデオ判定では、別のスタッフが最終判断を決めます。サッカーでは自身の判断を疑いの目で再確認することで、判定を覆す可能性があります。同じ現象でも疑いのフレームでみることで判断が変わるという、1種のフレーミング効果について確認しましょう。
と主張し、リプレイを見直して判定を決定する主体が違うことによる「フレーミング効果」があると主張しています。
しかし、そもそもビデオ判定を行う「対象となるプレーの質」が違います。よって、野球とサッカーで判定変更率(判定が覆る確率という用語は適切ではありません)を比較するには無理があります。
そもそもビデオ判定の制度が違う
判定変更率の違いは、野球とサッカーのビデオ判定の制度の違いから来るものであると私は考えています。
このことは、今泉氏自身も記事の最後で、「競技のルールも違いますしビデオ判定のシステムも異な」るので「(ビデオ判定によって判定が覆る割合の)競技の比較は参考程度のものと受け止めて」ほしいとしていますが、制度の違いから来る差は、参考ではなく、根本的に異なると私は考えています。
野球のビデオ判定制度の概要
野球のビデオ判定はチャレンジ制度です。
- 監督がチャレンジ権を行使、審判員の判定に対して疑義のある場合に行う
- ビデオ判定を行う対象となるプレイは次のような事象である
アウトかセーフか
フェアかファウルか
本塁での衝突プレイ
併殺崩しの危険なスライディング
頭部への死球 …日本プロ野球において「危険球(退場かどうか)」を確認するため
フェンス際の打球(本塁打判定以外)
併殺を試みる守備側を妨害する走塁
捕球から送球に移る際の「完全捕球」の確認 - 1試合で利用できるのは2回まで。判定が覆れば回数にはカウントされない
- 確証のある映像がない場合は審判団の判断(元の判定が保持される)
サッカーのビデオ判定制度の概要
一方、サッカーのVAR制度はチャレンジ制度とは異なり、フィールド外にいる審判員がリプレイを確認し、必要に応じて介入する制度です。
- ビデオ審判員(VAR)が、主審の判定に対して「はっきりとした、明白な間違いがある」あるいは「見過ごされた重大な事象がある」場合に行う
- 介入は次の4つの事象に限られる
(1) 得点かどうか
(2) PKかどうか
(3) 一発退場かどうか(2枚目の警告は該当しない)
(4) 警告・退場の人間違い - 介入に該当する事象が起これば1試合で何回でもVARは介入する
- 確証のある映像がない場合はそもそもVARは介入しない
制度が違うから、ビデオ判定の対象となるプレーの質が違い過ぎる
野球は監督が「チャレンジ」を要求する
野球は監督がチャレンジ権を行使します。
いわゆる「きわどい」プレイに対して、自チームにとって有利ではない判定があったとき、しかも当該プレイに関係している選手が「監督、チャレンジしてください!」とサインが出たときにチャレンジ権が行使される傾向にあります。
そのため、監督がチャレンジ権を行使するプレイには、明らかな誤審以外にも、審判員がしっかりプレイを見極めていたけれど、チャレンジ権行使側のチームにとって納得がいかない(不満の残る)判定があった場合が多分に含まれます。
場合によっては、監督自身も「覆ることはないだろう」と思っていても、チームの士気のために、チャレンジ権が残っているからあえて使う、ということだってあり得ます(例えば、サヨナラホームインがクロスプレイになったときは、審判員の判定の正確さとは関係なく、あえてチャレンジするでしょう)。
また、チームがチャレンジ権を使い切ってしまった後は、明らかに誤審というプレイが起こっても、チャレンジ権を行使できなくなります。
さらに、リプレイ映像を見ても分からないことだって起こりえます。その場合は、元の判定を追認するのがルールになっています。これも対象となるプレイに含まれます。
以上から、野球においては、
- 対象となるプレイ(分母)に「誤審とは言えないプレイ」が多分に含まれる
- リプレイ映像を見ても分からないプレイも
- 判定が覆ったプレイ(分子)に、「本来なら誤審の(判定を変更すべき)プレイ」が一部含まれない可能性もある
ということから、判定変更率はあまり大きくならないことが、制度上明らかであると言えます。
サッカーのビデオ判定は審判員からの助言
サッカーはVARが常に試合をチェックしていて、介入する4事象に対して主審の判定に疑問があるときには、バックグラウンドで検証を行っています。その結果、主審と交信することなく、元の判定を認証(コンファーム)することもしばしばあります。このような検証を「サイレントチェック」といいます。「サイレントチェック」は介入には含まれません。
一方、判定が覆る可能性がある事象は、「はっきりとした、明白な間違い」あるいは「見過ごされた重大な事象」に限られ、ここで「はっきりとした、明白な間違い」とは、審判員10人いたら8人以上が間違いというような場面を意味します。
さらに、オフサイドポジションにいたかどうか、ペナルティーエリアの中か外か、ラインを割っていたかどうかなど、映像で確認できる事実のみで介入する(VARオンリーレビューといいます)ので、介入しないときは判定に間違いがない、介入するときは明らかに間違いがある、ということになります。
したがって、サッカーのVAR制度では
- 対象となるプレー(分母)に、「誤審とは言い切れないプレー」含まれにくい
- 対象となるプレーの抽出自体が審判員によるものなので、かなり誤審である可能性(精度)は高く、対象となれば判定が覆る回数(分子)も高くなる
- 主審がリプレイを見て判定を変更する「オンフィールドレビュー」だけでなく、VARが事実に基づいて判定変更を促す「VARオンリーレビュー」も回数に含まれている
ということから、判定変更率は必然的に高くなることが、制度上明らかであると言えます。
ネガティブフレームがあることを否定するものではないが…
サッカーの主審がOFRをする際にVARから助言を受けているから「疑いのフレーム(ネガティブフレーム)で同じ事象をみるために、判定が変わってしまう可能性が考えられ」るとする今泉氏の主張は理解できるものです。
しかし、そもそもVARのフィルターを通して、誤審の可能性が高いものしか見せられていないのですから、「ネガティブフレームが原因で判定が覆る確率が高くなる」という主張には同意できません。
一方、野球は監督から要求があれば、チャレンジは行われます。誤審の可能性がないプレイでも、選手の心情のためにあえてチャレンジを使うという、戦術的な理由もあるでしょう。
こういったビデオ判定の制度の違いによって生じる差は大きいと、私は考えています。
いずれにせよ、審判員をリスペクトするとともに、ルールを正しく理解することが大切です。その意味で、審判員の判定の制度にフォーカスした今回の記事の趣旨には敬意を表します。